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7 バベルの塔を戴く男

 巨大ネットカフェ「サラマンダー」は、新宿駅の南口から歩いて5分ほどのところにあった。

 大きな雑居ビルの壁面一杯に、派手な広告を出している。
 トカゲかサンショウウオが這っているようなイラストは、シンボルマークのようだ。

 伊能はポケットから折りたたんだ紙を取り出した。昨日老人に押し付けられたオフ会の案内状だ。

 時間を見ると、オフ会の開始までまだ1時間以上ある。

 昨夜はいろいろなことを考えて、あまり眠ることができなかった。
 あの老人も、色んな意味でタダモノではないという気がした。

 大賢者のような頼もしい人物にも見えた。
 いわゆるボケ老人なのではないかとも思える。
 なにか新手のカルト教団の誘いではないかとも疑った。
 それとも単なる頭のおかしな連中の集まりか?

 伊能は先に「サラマンダー」に入っていることにした。
 時間つぶしにもなるし、どんな場所だか好奇心もある。

 オフ会とやらに集まってくる連中を遠目に観察してからでも、参加するのは遅くは無い。

 ビルの前にパトカーが2台、ライトを回したまま駐車していた。
 地下の受付に下りる階段付近に、警察官が数人たむろしている。

 入っていこうとする伊能をジロジロと嫌な目つきで眺めていたが、何も言われることは無かった。

 受付には、もともとがそういう顔なのか、頬をぷっと膨らませたような表情の女の子と、唇の端にピアスをぶら下げた、これまた負けずにふて腐れたような顔つきの男がいた。

「なんかあったの?」
 伊能は親指を立てて、警官のいた方を指差した。
 またか、といった様子でわざとらしくため息をついて何か言おうとした女の子を制するように、唇ピアスが割り込んできた。

「すみません。ちょっと昨日事件がありまして……今日も店を閉めろとかって、さっきまでオマワリと、ちょっとごたついてたんすよ。シャワー室とか、立ち入り禁止なんすけど、問題ないすか?」

 ピアスをしているほうの唇の端に白い涎を溜めながら、男は上目で伊能を窺うように見た。

「ああ、全然問題ない。何があったの、昨日?」
 男は伊能の伝票に入店時間を刻印して、おしぼりの用意をしながら、伊能の方は見ずに答えた。
「殺しっすよ。結構ニュースとか騒いでますよ。テレビとかガンガン流れてっし」

 万引きか、無銭飲食程度の犯罪のような気軽な調子に、この街では殺人なんて日常茶飯事なのだと思い知らされた。

「昨日バイトに入ってれば、テレビに出られたよね。チョー残念なんだけど」
 少女がますます顔を膨らました。
 まるで釣り上げられた河豚のようだと、伊能は妙に感心した。

 伊能はテレビが嫌いでほとんど見ない。
 だからその事件のことはまったく知らなかった。

 煙草を吸うかと聞かれて頷いた。
 灰皿を受け取りながら、伊能も関心を失ったような顔で言った。

「殺しかあ。そりゃあケーサツも張り切るな」
 取りあえずネットで事件のことは調べてみようと思って、少し楽しくなった。
 目的の無い時間潰しは、かなり苦痛なのだ。

 受付カウンターを過ぎると、ホテルのラウンジ風のスペースがあった。これがコミュニティスペースという場所らしい。

 座り心地のよさそうなソファやテーブルが、比較的ゆったりと並べられている。
 フリードリンクなので、好きな飲み物を持ってきて仲間と喋っているグループもいたが、ほとんどは一人で漫画や雑誌を読んでいた。

 さり気なく「異能力者」関係の人間がいないか、目を走らせた。
 …………いた。

 コミュニティスペースの一部を、まるでお花見の場所取りのように確保している小さな男がいる。
 きちんとスーツを着ているのだが、なんか変だった。

 小柄というだけではなく、大人の体型に見えないほど華奢なのだ。
 小さい子供が、ふざけてお父さんのスーツを着ているような感じだった。

 しかし頭髪は凄く大人らしかった。
 異民族っぽいともいえる。

 頭頂部が薄くなってきているらしく、サイドの髪の毛を長く伸ばして、てっぺんでバベルの塔のように螺旋に巻いてある。

 不思議と頭髪に関しては、どんな常識人でもトチ狂ったような行動に出ることがある。

 だが、こんなに複雑怪奇な髪型を見たことはない。
 お笑いタレントの想像力を超える出来映えだった。

 男は40歳前後だろうと、伊能はみた。
 ちらりと見た感じでは、神経質そうな顔立ちだった。
 目も鼻も口も小ぶりなのだが、眉毛だけがふざけてマジックで書いたかのように太かった。
 一昔前に流行った人面犬にちょっと似ていた。

 汗だくになって、いくつかのソファを必死になって動かしている。
 重そうなソファを並べ替えて、円形にするつもりらしい。

 それぞれのソファの上には、領有権を主張するための様々なものが置かれていた。

 ケータイ、キーホルダー、ペン、ハンカチ、レンタルビデオの会員証、サラ金のティッシュ……。

 真ん中に置かれたテーブルの上には、男が画用紙に手書きで書いたらしいPOPのようなものが2本立っていた。

 「異能力者組合第一回オフ会は、こちらでーす!」と形容し難い色彩センスで書かれた方には、ウルトラマンと仮面ライダーとナントカレンジャーが三位一体となったようなイラストが描かれていた。

 「Welcame!」と大書した方には、ガンダムらしきモノが書かれている。

 上半身は極めて精密に書いてあるのだが、時間がなくなったのか、飽きたのか、下半身は驚くほどぞんざいだった。
 ちなみにWelcomeのスペルも間違っている。

 店員を含めて、皆が奇異な目で見ているのに、男にはまったく動ずる気配は無い。
 文化祭の準備でもしているように、嬉々として働いていた。

 伊能はさりげなくブース席の方に向かった。
 空いている席を見つけ、腰を落ち着けると、さてどうしたものかと考え始めた。

 バベルの塔を頭に載せた男は、少なくとも悪人には見えなかった。
 だが知り合いになりたいとも思えない。
 ただの変人か、まあ最悪の場合でも変質者あるいはココロ系ビョーキってところだろう。

「つまりは……俺と同じって事だ」
 伊能はブースの中で呟いた。

「まあ時間になったら顔出してみるか……」
 ああいう連中なら、伊能の話をまともに聞いてくれるかもしれない。伊能は気を取り直して、パソコンに向かい、昨日の事件について調べ始めた。
 
 
 ~つづく

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コメント

バベルの塔のように螺旋に、髪を巻いている男。
想像しただけで、爆笑してしまいました。
上村先生の小説はビュジュアル的です。
こんなふうに、表現できる小説家はいません。

投稿: ドスコイ | 2007年10月27日 (土) 08時15分

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