« 15 バラバラ | トップページ | 17 熱い友情で結ばれつつある異能トリオ »

16 土岐の嗅ぐモノ

 伊能はサラマンダーを出ると、左右を見渡した。

 パトカーはいなくなっていた。
 やくざ風の男たちが数人たむろしていた。新宿では当たり前すぎる光景だ。

 右へ行けば駅の方に行くのだが、伊能は左に向かって早足で歩きはじめた。
 そちらの方向はパチンコ屋のネオンや風俗店の派手な看板がひしめく、歓楽街になっている。
 伊能は小走りになって、ずっと先の人込みまで見ようと目を細めた。視力は両目とも1.5だ。

 カンにまかせて、胡散臭そうな匂いのする方向に向かって急いだ。
 5分ほどで、伊能は探していた人間の後姿を捉えた。

 男は広い肩にひっかけるようにジャケットを羽織っていた。
 左肩が少し下がり、外股に歩いている姿は堅気のサラリーマンには見えない。
 肩の向こう側にときおり白い煙が立ち昇るのはくわえ煙草をして歩いているようだ。

 伊能は走って後ろから声をかけた。

「土岐さん、すみません。ちょっとお聞きしたいことがあるんですが……」

 土岐は立ち止って伊能を見た。
 その顔にはどんな表情も浮かんでいない。
 やはり煙草を唇の端にくわえていた。

「なんだい?言っとくが俺は何もわからないぜ。あの爺さんに聞いた方がいい」

 再び歩きはじめる土岐に、伊能は追いすがりながらいった。

「僕は何か気になると、どうしようもなくなるんです。土岐さんの表情が気になって仕方がないんです」

「俺の……表情?」
 土岐は立ち止って、あらためて伊能をじっと見つめた。

「万全の能力や、俺の能力を見ても、まるで表情に変化がなかったのに、退席する前に2回ほど小首を傾げながら小鼻をひくひくさせました。それから突然帰ると言い出した……何故なんですか?」

 土岐は黙って伊能を見つめていた。
 煙草を地面に投げ捨て、踏みにじってからようやく口を開いた。

「伊能さんっていったか?あんた、俺に気でもあるのかい?悪いが俺はモーホーの気は無いんだ」

「とんでもない。僕はこれでも妻子持ちです」

「じゃあ、なぜ俺の面なんか見ていたんだ?」

 土岐の口調に僅かに刺のようなものを感じて、伊能は慌てて手を振った。こんなときににっこりと笑えたらいいのにと思った。

「僕はこれでも優秀なセールスマンなんです。いや、でした、と言った方がいいかな……人の表情や仕草を観察して、相手の気持ちを読むのが得意でした。ところが土岐さんに関してはまったく分らない。プロのギャンブラーっていうのは凄いなと思いながら、観察を続けていました」

 土岐は何も言わずに、近くにあった古びた喫茶店に入っていった。
{競馬放送実況中}と張り紙がしてある。
 そういえば近くにJRAの場外馬券場がある。
 伊能は土岐に続いて店に入り、土岐の向かい側に座った。

「アイスコーヒー」

 土岐の言葉に太ったマスターが肯き、眼で伊能にも問いかけてきた。
「僕も同じものを」

 どうやら土岐はこの店の常連らしい。
 土岐は煙草の箱をテーブルに置き、一本くわえた。

 深々と一服して、煙を吐き出すと、ようやく伊能に目を向けてきた。

「いやあ、たいしたもんだ。伊能さん、あの馬鹿臭い能力より、よっぽど使える能力があるんじゃないか」

「はあ……」

 マスターがアイスコーヒーを運んできた。

 テーブルに置かれたグラスに、土岐はストローをさして顔を近づけた。
 その際のわずかな土岐の目の動きを察して、伊能も同じように顔をグラスに近づけた。

 自然二人の顔の距離は狭まった。
 土岐が不思議な喋り方で話し始めた。
 内緒話のような囁き声ではないのに、伊能以外の誰にも届かないような話し方だった。

「実は俺にはもう一つ変な能力があるんだ」

「どんな力ですか?」

「あんたと同じ、他人の感情を読み取る」

「へええ」

「しかしあんたと違って、俺は感情を嗅ぐんだ」

「嗅ぐ?鼻で……匂いとして、ですか?」

「そうだ。良からぬことを考えている奴は嫌な匂いを放つ。満たされた人は良い匂いがする」

 伊能ははっと膝を叩いた。

「だから小鼻がひくひくとしたんだ。何かの匂いを嗅いだんですね?」

 土岐は目でもう少し声の調子を下げろと言ってきた。

「正確に言えば、そうじゃない」

「といいますと?」

「最初、皆が全員そろった時から、その匂いはしていた。屋上に行った時もだ。ところが、サラマンダーに戻ったとき、その匂いは消えていた。となると、帰ったのは予知能力者だから、あいつの匂いなのだろうと思っていた」

「そういえば、あいつは帰りましたよね」

「ところが、だ。誰も来てはいないのに、再び匂いが立ち込めたんだ。まるで見えない誰かが戻ってきたようだった。俺の表情の変化に気がついたのはその時だろう」

「なるほど。で、どんな匂いなんですか?」

 土岐が不味そうにアイスコーヒーをすすった。
 苦い顔で土岐が言った。

「嫌な匂いだ。とてつもない嫌な匂いだ。昔雀荘で麻雀していたときに、同じ卓で打っていた中国人が、いきなり乱入してきた、やはり同じく中国人に、中華包丁であっという間にミンチにされたことがある。耳や指がこっちにまで飛んできてな……小さな金の貸し借りのトラブルだったらしいが、中国語で喚きながら同国人を細切れにしていた奴が放つ匂いには、鼻が曲がるかと思ったが……」

 伊能は唾を飲み込んだ。

 土岐が咥えた煙草から、灰が落ちて上着の袖に落ちた。
 しかし土岐は少しうつろな目で、灰を振り払おうともせずに、呟くように言った。

「それ以上の匂いだった。とにかくヤバいと思ったから、とっとと退散したわけだ」

 黙りこくった伊能を見つめて、土岐は言った。

「そこのタバスコを、俺のコーヒーに入れてくれ。たっぷりとな」

 伊能は我に返ったように、土岐の言葉の意味を考え、とんでもないと手を振った。

「そんなことしたら、飲めなくなりますよ」

「いいから、入れてくれ」

 伊能は訳がわからなかったが、仕方なく言われたとおり、アイスコーヒーにタバスコを相当な量入れた。

 土岐はストローに口をつけ、タバスコ入りのコーヒーを一気に飲んだ。
 表情にいささかの変化もない。

 土岐がポツリと言った。

「俺が失ったのは、味覚だ」
 
 
 ~つづく

|

« 15 バラバラ | トップページ | 17 熱い友情で結ばれつつある異能トリオ »

コメント

怖いですね。
味覚を失った人間。
私の母親が、一時期に病気で味覚を失いました。
その時の、母親はすごく辛そうでした。
現実的には、料理の味見が出来ないと、
嘆いていました。

投稿: スー | 2007年12月 2日 (日) 09時18分

こんにちは、小次郎です

匂いでどんなことを考えてるか
わかる人ってすごいと思いました
そういう能力あると便利ですね
味覚を失うのも怖いです
タバスコの味も分からないんだから
また来ます

投稿: 小次郎(視力回復訓練中) | 2009年6月12日 (金) 14時39分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 15 バラバラ | トップページ | 17 熱い友情で結ばれつつある異能トリオ »