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19 容疑者 万全大力 見るからに変質者と呼ばれた男

 通報を受けた新宿署は即座に、サラマンダーの客が出入りする事を禁止した。

 捜査が終わるまで新しい客を入れてはいけない。
 今いる客は絶対に帰してはいけない、という事だ。

 現場到着早々に、制服警官と刑事たちを数十人動員して、捜査協力という名目で滞在客全員の事情聴取が行われた。

 タケトが襲われた時間に滞在していた客の人数は、受付状況から見て150人前後だ。

 怪しい奴は所持品の検査もしろ、ガタガタ言ったら署に連行してこいと、荒っぽいので有名な新宿署の刑事たちも一層気合が入っていた。

 連日の、しかも同一現場での犯行、ネットでの犯行宣言。
 警察の威信を踏みにじるような事件だった。張り切っている捜査陣も、ネットカフェという現場の特殊性にとまどう部分もあった。

 被害者が救急車に搬送されるときの緊迫した状況にも、殺気立った警官たちがあわただしく動く現場特有の雰囲気にも、ネットカフェの住人たちは、あまり関心を持たなかった。
 暇そうな何人かが様子を見にきただけだ。

 細かく分けられたブースが、何事もなかったかのように、しんと静まり返っていた。

 客全員からの聴取を終わった段階で、怪しい人物が数名リストアップされた。

 なかでも極め付けに怪しいと判断されたのは、万全大力だった。
 が、当の万全自身は事件について、まったく気が付いていなかった。
 警官が来るまで、自分のブースで鏡を見ながら、頭のバベルの塔を丹念に積み上げていたのだ。

 パソコン画面には、もう何百回も繰り返し見ている、万全のお気に入り美少女アニメのDVDが流れている。

 やけに人の出入りが慌しいとは思っていたが、いきなりブースのドアを開けて警官が険しい顔で入ってきたときには、驚いて椅子から落ちそうになった。

 別にやましい事をしていた訳ではないが、眉をひそめてアニメ画面と万全の頭を何度も見る警官の態度に、かなり動揺してしまった。

 狭いブースの中で、厳しい表情の警官と、膝が触れ合うほどの距離で事情聴取をされた。

 万全は自分が完全な潔白であることを、それらしい態度で示そうと思っていた。

 しかし思わぬ邪魔が入った。

「いやーん、もうえっちなんだからあ」とか「あはーん、うふーん」とか怪しい声が、パソコンデスクに置いた万全のヘッドフォンから漏れてくる。

 そのたびに中年の警官は眉をひそめてアニメの画面をちらりと観る。
 慌ててアニメを消すのも、悪いことでもしていたみたいで嫌だと思ったから、そのままにしておいたのが失敗だった。

 もともと対人恐怖の傾向があるのだが、顔は勝手に紅潮するし、汗がだらだらと流れるし、自分の生年月日をすぐに答えられなかったり、どもったり、わざとらしく笑ったりするし、しまいには「いやあ僕には隠し事がありますよ。こう見えても、実はすんごい禿なんですよ。馬鹿禿げ、あ、若禿げかあ、どわっはっはは」と一人で大爆笑までしてしまった。

 自然な感じで振舞おうと思えば思うほど、全てが不自然になってしまった。

 警官はにこりともせずに、珍しい動物を見るような目で、じっと万全を観察していた。
 表情には、はっきりとした不審の色が表れている。
 ときおり哀れむような目つきで万全を見るのが、ひどく辛かった。

 別に僕は可哀想な人じゃないと、大声で抗議したかった。
 とにかく、我ながら見事といえるほどの怪しげな態度をとってしまった。

 そのせいで手錠こそかけられなかったが、任意とは名ばかりで、強制的に署に連行される羽目になった。

 万全を調べた警官のメモには、こう書かれていた。


【名前】
万全大力(ばんぜんだいりき)
本名であることを保険証で確認済み。
【生年月日】
19××年×月×日
満25歳 当初、生年月日を忘れたというなど不審な態度あり。
保険証で確認済み。
【住所】
両親は健在。東京に実家があるが、ここ2ヶ月くらいはネットカフェで寝泊りしている。
【前科前歴】
無し(本人の申告)
【仕事】
㈱大日本健康機器販売 本社人形町 庶務課勤務 勤3年
名刺あり
【メモ】
本官が聴取に行くまで、事件のことは知らなかった。
アニメ「ぼよよん巨乳の天使たち」を観ながら、頭髪の手入れをしていたと主張している。
一見して、極めて不審。
奇怪な髪型。おどおどした態度。奇妙な表情。偏った性向を思わせるアニメ。
見るからに変質者風。
充分な取調べが必要。
【所持品】
財布(各種会員カード等、銀行カード、コンドーム一個、現金8500円、つまようじ3本)名刺入れ、ボールペン3本、手帳、「ぷるるん爆乳あっち向いてポイ」というコミック3冊、「ぽろろん超乳サザエさん」というコミック1冊、携帯電話等

 新宿署に連れて行かれる前に、二宮たちに連絡しておかなければ
と万全は思った。
 万全がいないことを心配するかもしれない。

 刑事の許可を得て、二宮のブースに行った。
 万全を待っていた二宮が、事件について少し興奮気味に話した。

 驚いたことに、二宮が集めた情報では、被害者がタケトである可能性が高いという。
 確かにタケトはブースにもいなかった。
 店内を探しても見つからない。

 事件発生以降、店から出たのは、救急車で運ばれた被害者だけだとすれば、それがタケトだという可能性が高い。

 万全はさっきまでとは違う汗が流れるのを感じた。
 はにかんだような笑顔のタケトの顔が浮かんでくる。
 怪我はどの程度なのだろうか?
 いったい誰が、なぜタケトを?

 連行されるのを利用して、警察から詳しく事件の内容を聞きださなければならない。

 万全と同じく連行されるのは、他に5人いて、コミュニティスペースに集められていた。

 見るからにホームレス然とした初老の男が一人。

 見るからに薬物中毒的な若者。

 見るからに凶悪そうなチーマー風。

 見るからにココロ系ビョーキらしい痩せこけた女。
女の両腕にはリストカットの醜い傷が無数にあった。

 見るからに頭がおかしい中年男。
なぜか半ズボンに毛皮のコート。異様に太っている。

 その連中が、万全を見て呆気に取られたような表情になった。

 全員が万全の頭を、バベルの塔を見つめていた。

 万全はまた少し傷ついた。
 
 
 ~つづく

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コメント

急展開ですね。
これからが、凄く楽しみです。
しかし、上村佑先生は
警察事情にも詳しいですね。
感心しました。

投稿: ドスコイ | 2007年12月15日 (土) 10時19分

今日初めて読ませてもらいました。すごく続きが楽しみです

投稿: ケーチ | 2007年12月19日 (水) 17時57分

私も続きが楽しみで、何度もアクセスしては更新されてないか確かめ、遂には書き込みまでしてしまいました(^-^;
本当に続きを心待ちにしています。

投稿: らい | 2007年12月26日 (水) 10時25分

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