20 はじまりの夜
事件当時サラマンダーにいたと思われる客全員を取り調べ、綿密な捜査を行ったが、警察は凶器すら発見することができなかった。
かろうじて一命を取り留めた被害者の供述が、さらに捜査陣を困惑させた。
「犯人はお化けだと?ガイシャはシャブ中か?それともこれか?」
被害者 表野岳人(ひょうの・たけと)の供述を取ってきた刑事に向かって、鬼のような形相の課長が指で自分の頭を指してくるくると回した。
刑事は否定しなかった。
「家族から聞いた話ですが、ガイシャは精神病院に入院したことがあるようです。で、病院での検査結果ですが、シャブやコカイン、ヘロインなどの反応は出なかったんですが……」
「が、なんだ?」
「向精神薬系の薬物摂取が疑われるそうです。さらに詳しい検査をするそうです」
「その結果は?」
「明日にも出るということです」
「そうすると自分で病院からもらった向精神薬か何かを大量摂取して、錯乱した上で自傷行為に及んだとも考えられるわけだ」
「しかし課長、ガイシャは凶器をもっていませんでした。ガイシャの荷物からも薬物等は一切発見されておりません」
「ガイシャの容態はどうなんだ?」
「鋭利な刃物で頚動脈をほとんど切断された状況ですが、止血などの応急手当てが早かったため、回復にはさほど時間がかからないようです」
課長はうんざりした顔で手を振った。
「とにかく検査結果を待って、ガイシャの供述を取ろう。それまでは自傷の可能性も視野に入れての捜査となるな」
「殺人事件とのからみは?」
「場所も同じ。凶器もほぼ同じだ。当然最重要視する」
「分かりました」
立ち去りかけた刑事が、ふと何かを思い出したように振り返って課長に尋ねた。
「今日何人か不審者をしょっぴいてきましたよね。どうだったんですか?」
課長はさらに顔を苦々しげに歪めた。
「訳の分からんヤツばかりだが、ホンボシとは思えん。そういえば一人、ガイシャの友達だってヤツがいたな。もう全員帰した」
課長はもううんざりといった風に、大きなため息をついた。
万全はサラマンダーに戻り、店員に荷物を渡された。
警官たちがひっきりなしに店を出入りしている。
店員は不貞腐れた様子で万全に言った。
「すみませんが警察のお達しで、2,3日営業を休むことになりました。まあ、仕方ないっすね……こうも連続で事件じゃあね」
「じゃもう店には誰もいないの?」
万全は二宮のことを思って聞いた。
「ええ、皆さんに帰ってもらいました。あのこれ、ご迷惑をおかけしたんでサービス券です。次回ご利用の際、使ってください」
サービス券を受け取って、万全が地上への階段を上り始めたとき、いきなり目前に二宮が現れて、万全は腰が抜けそうになった。
「び・びっくりさせるなよ!死ぬかと思った」
「すみません。さっきからいたんですけど……つい、ぼーとしてて」
万全は二宮を促して外に出た。
待ちきれないといった様子で二宮が問いかけてきた。
「被害者はやっぱりタケトですか?」
「そうらしい。はっきりとは教えてくれないんだけどね……まったく警察ってのは嫌なところだね!人の髪型にまでケチをつけてさ……なんの目的でそんな髪型を?どんな理由で?宗教?神のお告げ?まったく!」
二宮は万全を遮るように言った。
「万全さんのハゲの話じゃなくって、タケトの状態はどうなんですか?」
万全は小さな目を一杯に見開いた。
「ちょっと二宮君、ハゲって……まあいいや……うんひどい怪我だけど、命は助かるらしいよ」
矢継ぎ早に何か聞こうとしてくる二宮を制して万全は言った。
「まず先に今夜のねぐらを決めようよ。それからゆっくり話そう」
立ち去る二人を土岐が煙草を咥えたまま物陰から見つめていた。
風の匂いを嗅ぐように、小鼻をひくつかせてから、顔をしかめて煙草を吐き捨てた。
伊能は一人きりの部屋で、電気もつけずに小さな荷物を前にぼんやりと座っていた。
娘の由美に送った人形が{受取拒否}のハンコを押されて戻ってきたのだ。
つけっ放しのテレビから「サラマンダー」という言葉を耳にして顔を上げた。
被害者の表野岳人という名前を聞いて思わず声を出した。
「タケト?まさか、あいつか?」
須賀老人は布団に横たわって天井を見上げていた。
目には強い意志が漲っている。
「はじまった。パパとママは僕がゼッタイ守る」
小さな子供のような口調で呟いていた。
女は携帯電話でささやく様に話していた。
「言われたとおり警告しました。死ななかったみたいですが」
~つづく~
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コメント
初めの頃と、文体が変わった気がします。
さすが、上村佑先生ですね。
NET小説に合った文体だと思います。
投稿 ドスコイ | 2008年1月 5日 (土) 04時41分