21 陰気なマッドサイエンティストと1000分の1ミリの爆弾
「そうか。とにかく連中が私たちに関わってこないよう全力を尽くしてくれ。特に老人には注意が必要だ。チャンスがあったらDeleteしてくれ」
手入れしていない、荒れ果てた庭を歩きながら、三上は携帯電話をポケットにしまった。
江戸時代から続く医家の名門三上家の屋敷は、杉並区の一角に二千坪を超える敷地を有している。
祖父が死に、三上の妻子が家を出てから、広大な屋敷に暮らすのは、三上聖(みかみ・きよし)と戦前から三上家に仕えていた貞子という名の老婆の二人きりだ。
近所の子供たちは、荒廃したこの家を幽霊屋敷と呼んで恐れている。
三上は落ち葉を踏みしめて、敷地内に建てられた研究室に向かっていた。
日本陸軍の細菌戦研究の主導的立場にあった曽祖父が戦前に作ったものだ。
当時としてはトップクラスの施設だったものに三上が改良を加え、現在ではもっとも危険なレベルの細菌(レベル4)を扱える国内トップレベルの施設になっている。
しかし三上家の研究室の存在を知るものは誰もいなかった。
三上は祖父に育てられた。
物心付かないうちに母親は病気で死に、間をおかず祖父との確執から父親が三上を置いて失踪した。
厳格で知られた祖父は、三上には惜しみなく愛情を注いでくれた。
誇り高かった祖父が、幼い三上に繰り返して語っていた言葉がある。
「三上(みかみ)家は江戸時代までは御神(みかみ)家と名乗っていたらしい。ご先祖様が日本で一番貴いお方の病気を治したご褒美として戴いた名前ということだ。あまりにも畏れ多い名前ということで、明治になってから三上と改名したのだ」
誇りを胸に、三上は天才児とか麒麟児と呼ばれながら成長した。
6年前、三上は日本医学会のトップに君臨する帝都大学医学部で、史上最年少の準教授になった。29歳だった。
当時帝都大学学長だった祖父の影響力がなかったとはいえない。
しかし病原性細菌に関する三上の研究は、世界が認めるものだった。
この頃が三上にとっても、この朽ち果てた屋敷にとっても頂点の幸福を味わっていた時期だった。
丹精込めらられた美しい庭には、歩き始めたばかりの三上の長男尊(たける)と妻貴子の笑い声が響き、三上の運転する高級外車には一緒に大学に出勤する祖父が乗り、孫に優しく手を振っていた。
手を振る妻子の姿をバックミラーで見ながら、思わず頬が緩んだことを三上は思い出していた。
――だから、この国を殺してやる――
三上は研究室のドアの厳重なロックをはずしながら少し笑った。
――俺から全てを奪った奴ら。三上家の誇りを踏みにじった腐った官僚共の支配するこの国を!尊を奪った貴子を!俺の作り出した1μm(1000分の1ミリ)の爆弾で焼き尽くしてやる――
入り口の常夜灯に照らし出された三上の顔は、陰惨に歪み、目だけがギラギラと熱を帯びて輝いていた。
~つづき~
| 固定リンク




コメント
1000分の1ミリの爆弾
とは何でしょうか?
謎ですね。
細菌兵器とは想像できますが、
1μm(1000分の1ミリ)とは、
思いつきません。
投稿 ドスコイ | 2008年1月 5日 (土) 04時46分