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28 誰かのために(2)

万全と二宮は、日比谷公園の噴水の見える日あたりのいいベンチに座って、ずっと取り留めのないことを喋っていた。

 通り過ぎる人がときおり気味悪そうな目で万全を見た。
 通り過ぎる子供が泣き出した。
 通り過ぎる犬がけたたましく吠えたてた。

 二宮が目に入らなくて独り言を言っているように見えるからなのか、単純に万全の外見が気味悪いのだろう。

 二宮は万全の様子を見て、ちっとも気にしていないらしいのに内心舌を巻いていた。
 ――この人はガラスより脆い毛髪と、鉄より強いハートを持っているに違いない――

「ねえ二宮君。千代田区ってさあ何があるんだっけ?」

「なんか政治関係とかあるんじゃないっすか?」

「自民党とか、民主党とか……共明党とかかあ」

「公明党っていうんじゃないすか?」

「そうか、そだね。二宮君、政治に詳しいね」

「そんなことないっすよ」
 二宮は少し得意な気分になった。

「あのさあ教えてほしいんだけど、自民党って何の略?」

「自由民主党じゃないですか」

「民主党は?」

「み……民主自由党ですよ、きっと」

「ふーん、似てるねえ」

「同じなんすよ、きっと……」

 二人ともテロ計画の事は考えるのが厭で、どちらからもその話を言い出せないでいた。

「ケツメドー!」
 どこからともなく大きな声が聞こえてきた。

 万全の身体がびくりと痙攣した。

 噴水の向こうから、身なりのいいビジネスマン風の若い男が万全達の方へ駆け寄ってきた。

「ケツメドじゃないか!なにやってんだよ?こんなところで一人で?」

「二人ですけど……」という二宮の声は風に吹き消された。
「や、やあ久し振り……」

 平静を装って挨拶する万全の顔は無残にひきつっていた。

 男は立ったまましげしげと万全を値踏みするように眺めた。
 そして腹を抱えて笑いだした。

「ケツメド!禿げちまったのか!神様はお前ばかりになぜ苦難を押し付けるのかなあ……ケツメドは強いなあ。俺がお前なら、とっくに自殺してるぜ」

 万全のバベルの塔が見る間にしおたれてきた。
「ああ」とか「うう」とかいってる間に、男はせわしなく時計を見た。

「俺、弁護士になったんだ。そのうち儲かったらカツラの金くらい恵んでやるよ。ところでケツメドの栓はしっかり締まるようになったのか?」
 万全の返事を待たずに、男は哄笑しながら足早に去って行った。

 うなだれている万全に、二宮はおそるおそる声をかけた。
「誰なんすか?あの人」

「小学校の時の同級生……いつも俺を笑い物にしてたやつだ」

「あの……ケツメドってなんですか?」

「俺んちの方の方言……」

「?」
「尻の穴のこと!」
 そう叫ぶように言って、万全は決然と顔を上げた。
「二宮君、俺はやるよ!」

「な、何をっすか?」

「俺が守ってやる!俺を心の底からバカにしているあいつを、俺が守ってやる!」

 二宮は呆れて万全をまじまじと見つめた。
「万全さん」

「ん?」

「けっこう複雑なんですね」
 当然だと言わんばかりに、万全は鼻の穴を大きく膨らませながら頷いた。

 そして急に二宮の手をがっしりと握り、つぶらな瞳をうるうるとさせながら二宮を見つめた。
「二宮君!」

「な、なんすか?」

「だから二宮君も一緒にやろう!セイギの味方なんてやるチャンスはそうそうないよ。貸した120円チャラにしてあげるから!ねっねっ」

 二宮は思わず笑ってしまった。
「120円は返しますよ。伊能さんに1万円も貸してもらったし。それから、もともと僕はやってみようと思ってました。もしかすると存在感を取り戻せるかもしれないし。タケトの仇も討ちたいし……ま、他にやることもないですしね」

「そうか……ありがとう」
 万全は二宮の手を取って泣き出した。
 そして涙声で言った。

「で、120円いつ返してくれるの?」


***


 その頃、帝都大学病院の構内を足早に歩く土岐の姿があった。

 土岐は苦み走った表情のままで、涙をだらだらと流していた。
 口うるさい警備員も、土岐のくわえた煙草について注意するのをためらうほどだった。

 土岐の涙は次から次へとあふれ出ていた。
 手には希の柔らかい髪の感触が残っていた。

 こっそり忍び込んだ希の病室で見た、やせ細った少年の姿。
 透けるように蒼ざめた整った顔。

 枕元に希を守るように置かれた5体の戦隊物のフィギュア。
 思わず髪を撫でて、土岐は呟いたのだ。

「俺がなんとかしてやる。絶対に……絶対に!」
 
 
 ~つづく

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