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29 賢人会議

 須賀邸に戻った伊能たちは、ヤクザたちに気味が悪いほど丁重に扱われ、朝と同じ和室に通された。

 須賀老人が手を一振りすると、ヤクザたちは魔法のように消え去り、伊能たちと須賀老人だけになった。

「よく戻ってきてくださった。そのことに心から感謝ですじゃ」

 須賀は巻いてあった紙をくるくると広げ、立派な床の間に画鋲で止めた。

{第一回 賢人会議 日本を救うために我々に何ができるか?}

 見事な墨書で黒々と書かれた文字を見て、皆あっけにとられたような顔になった。

「け、けんと?けんとかいぎ……けんとって誰ですか?」
 二宮が素っ頓狂な声を上げた。

「けんじんかいぎ、と読みますのじゃ。賢い人つまり我々ですじゃ。これから皆さんのすることはおそらく誰に知られることもないじゃろう。たとえ、見ず知らずの誰かのために命を落とすことがあっても、そこになんの見返りもない。ただ、わしらは知ってしまった。見過ごすことができなかった。だったら自分たちを、これくらい言っても良いですじゃろう」

「須賀さんは俺たちが戻ってくることを確信していたみたいですね?」

 伊能の言葉に須賀は重々しく肯いた。

「あなた方は必ず何かしらの理由を見つけて、ここに戻ってくると思っとりました」

「あの、希君は今いるんですか?」

「おります。皆さんに非常に感謝しておりますですじゃ。これから会議のためにタケト君の情報を取ってくると張り切っておりますじゃ」

「取ってくるといいますと?」

「警察のコンピュータに侵入するそうですじゃ。すぐに戻ってくるから賢人会議を進めておいてくれといっております……」

 ふっと須賀の目から輝きが失われた。
 少しの間沈黙が流れた。

 須賀が大きな咳払いをして話し始めた、というかとてつもない大声で怒鳴り始めた。

「貴様等、なっとらん!」

 小心な万全が正座したまま飛び上がった。

 それを見た二宮が「すげえ、なんとか真理教の教祖みたいだ」と伊能にささやいた。

 伊能は苦い顔で黙りこんでいる。

「危急存亡のおりである!」

 といった後、全員をじろりと見回してから、須賀は急にしょんぼりとして小声で歌を口ずさみ始めた。「さらばラバウルよ……」という昔の歌らしい。

「とても賢人会議とは思えんな」

「と、土岐さん……渋い顔で冷静な意見を述べながら泣かないでくださいよ」

「すまん、すっかり変なスイッチが入ってしまったようだ」

 突然ぶるっと須賀が震えた。

「嫌だなあ……おしっこでも漏らしたのかなあ」

 万全の声を伊能が「しっ」と制した。
「様子がおかしい」

 須賀の目に輝きが戻っていた。
 しかしひどく怯えているように見えた。
 伊能はじっと表情を観察してから言った。

「もしかして希君か?どうしたんだい?」

「誰かが僕を捕まえようとした」
 須賀の口調は子供のものに変わっていた。
 しかも語尾が震えている。

「捕まる?何に?」

「分からない……何か悪いモノだと思う……」

 二宮が身を乗り出した。
「ウイルス対策ソフトとかバグを除去するソフトとかじゃないの?」

「違うよ。僕はプログラムじゃないもん……」

「そうか、そうだよなあ」

「ちょっと前から、何かに後を追われている感じがしてたんだ。今はじめて触られた……」

「触られてどうなったの?」

「すごく嫌な感じがした。急いで須賀さんの中に逃げ込んだけど、僕……」
 言葉が途切れた。

 土岐が怖い顔になっていた。もう涙は流していない。
「どうしたんだ?言ってごらん」

 土岐の優しい声に須賀(希)が声を震わせた。

「なんか、僕、少し減っちゃったみたい……」

「減った?何が?」

「逃げるときに僕の一部を持っていかれたみたい……」

 須賀の目にチラチラと光が明滅した。

「希君はひどく混乱しているようじゃ。ちょっと休ませましょう。希君が持ってきた警察のファイルを、うちの組のコンピュータに置いたそうじゃ。今印刷して持ってこさせましょう」
 須賀は床の間の内線電話らしきものを取り上げた。

「わしじゃ。情報管理部の五代につないでくれ」

「凄いっすね……今のヤクザって」

 二宮がひそひそと伊能に囁いたのを、須賀が聞き逃さず受話器を持ったままにこりと笑った。

「ヤクザも情報戦の時代じゃからな」

 とても先ほど呆けていた老人と同一人物と思えない。

「おう!五代か。わしじゃ、おう。うちのコンピュータにのう、アルファベットでSNJと書かれたファイルがあるはずじゃ。それを5部印刷して持ってきてくれ。若い者にはやらせず、おまえ自身がすべてやれ。終わったらデータは消去しておけ。そうじゃ、急いでな」

 数分後家が揺れる程大きな足音が響いてきた。
「総長、失礼致しやす」

 入ってきたのは身長2メートルはあろうかという大男だ。
 つるつるに剃りあげた頭には大きな蜘蛛の刺青が彫りこんであった。

 その大男が部屋に入るとちんまりと正座して、書類を須賀に差し出した。

「中は見とらんじゃろうな?」
 須賀が鋭い眼差しで一瞥すると、大男はますます体を縮めた。

「はっ、決して!」
「良かろう。下がれ、ご苦労じゃった」

 男が去った後、全員が配られた書類を読んだ。

 それは新宿署で作成されたタケトの調書と、報告書だった。

 
 
 ~つづく

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