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25 それぞれのセイギ

 万全がおずおずと周りを見渡しながらぽつりと言った。

「あのう……僕たちって正義の味方だったんですか?」

 伊能は頭を振りながら遮った。
「ちょっと待った。正義とか、悪とかじゃなくてさ。まず、これは警察が対応する問題じゃないの?」

 須賀より先に土岐が答えた。
「そりゃあ無理だな。こんな話ケーサツが信じるわけないだろ。まして話の出所が……」

「そうですじゃ。頭の呆けたヤクザ者ではのう」

 土岐の言いよどんだ部分を続けた須賀の瞳からは先ほどまでの輝きが失われていた。
 土岐がぎょっとした顔になった。

「じ、爺さん……あ、親分さんに交代したんですか?」

「爺さんでけっこうですじゃ。わしはあなた方の親分ではありませんしのう」

「その……お子さんもそこにいらっしゃるんでございますか?」

 万全の問いかけに須賀は頷いた。

「どうやら大人の話とみて交代したのですじゃ。希君は賢くてとても良い子ですじゃ。だが、わし以外の人と会話するのは初めてなので、少しとまどっているようじゃな」

「なぜ、希君は自分の身体に戻らないんですか?」

 伊能の問いに須賀は悲しそうな目になった。

「戻らないのではなくて、戻れないのですじゃ。希君がどうしても行けない場所が、自分の身体とはのう……早くご両親のもとへ返してあげたいものですじゃ」

 須賀は一息入れてから言葉を続けた。
「希君が言わなかったことが一つ。わしの口から言いましょう。希君はセイギという言葉を使った。希君のセイギとはごく単純なものですじゃ。自分のパパとママを守りたい、ということですじゃ。彼の両親は霞が関の食堂で働いておりますのじゃ」

 重い沈黙がしばらく続いた。

「グ……ククク」

 嗚咽を噛み殺すような音に、皆がはっとしてその方を見た。
 土岐が石造りのモアイ像のように無表情のまま、大粒の涙をポロポロと流していた。

 万全が驚きの表情をむき出しにしていった。
「土岐さん……もしかして……いいひと?」

 土岐は乱暴に握りこぶしで涙をぬぐった。
「この子……いや、見た目は爺さんだが、子供なわけだろ……なんでこんなことに……正義とかは俺には関係ねえ。だけど小さな子供が頼んでるんだ。パパとママを守ろうとしてな……だったら俺に出来ることは何でもやってやる。どうせロクでもない人生なんだ。何も惜しいことはねえ」

 伊能は当惑して万全達を見た。
 万全がわざとらしく飛び上がった。

「あああああああ!僕、会社に電話してません!ちょっと欠勤の連絡をしてきます!」

 ケータイを握りしめて部屋を出て行った。
 二宮は輪郭もおぼろになってきている。
 消え去ろうとしているようだ。

「逃げやがった」
 伊能は小さくつぶやいた。

 それから意を決したように須賀に向かって言った。

「あの、ひとつはっきり言っておきたいんですが、これってへたをすると命がけの仕事ですよね」

「まさに命がけですじゃ。今朝あなた方を無理やりに連れてきたのも、一つにはあなた方の身の安全を図るためですじゃ。現にタケト君が敵の手にかかったと思われますしのう」

 伊能はごくりと唾を飲み込んだ。
「普通の人は、セイギのために命かけたりしませんよね?第一僕らが命をかけたって何もできないと思うし……そりゃあ、何とかできればって思いますけど……」

 二宮の輪郭がすこしはっきりしてきた。
 伊能に同意するように頷いている。
 いつの間にか万全も戻ってきて、伊能の横でバベルの塔を振りたてていた。
 土岐は相変わらず無表情で嗚咽を漏らしている。

 須賀が柔和な顔でいった。
「伊能さんの言うとおりですじゃ。誰もあなた方に強制はできません。ただ、このことを知って何もしないのと、知らずにいて何もしないということには大きな差があるはずですじゃ。どうか今日一日、出来れば標的になっている千代田区に行ってみて考えてください。そこに守るに値するものが無いのかを。あなた方にとってのセイギは何であるかを。自分以外の何かのために命をかける意味があるのかを……もし力を貸してくれる気になったのなら、もう一度この家にきて下され。わしと希君は待っておりますじゃ」


 数分後伊能、土岐、万全、二宮の4人は連れられてきたときと同じ黒い大型車に乗せられていた。

「どちらへ?」
 運転手の若いヤクザが慇懃に尋ねてくる。

「土岐さんは心決めたんでしょ?」
 伊能の問いかけに、土岐は力強く頷いた。
「俺は希君の本体を見てくる。帝都大学病院に頼む」
「かしこまりました」

 伊能は万全達と顔を見合わせた。
「俺たちは日比谷公園でも行ってみるか?天気もいいし、ゆっくりと話しあえるし」

 万全と二宮が同意したのを見て、伊能は運転手に言った。
「俺たち三人は日比谷公園にお願いします」
「かしこまりました。それからお帰りの際は、先ほどの電話番号におかけいただければ、どこでもすぐにお迎えに参ります。護衛は致しませんので、くれぐれもお気を付け下さい」

 車がすーっと音もなく走りだした。
 4人はそれぞれの思いに沈みながら何かを探しに向かった。
 
 
 ~つづく

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