26 それぞれの想い
車の中では土岐は全く喋らなかった。
ハードボイルドな無表情で煙草をくわえていた。
人間観察には自信のある伊能には、土岐という人間が理解できてきた。
おそらく非常に情の厚い優しい男なのだ。
なぜギャンブラーを職業としているのかは分らないが、非常に厳しい世界であることは想像できる。
きっと「やさしい」とか「いいヒト」とか「涙もろい」とかは致命的な弱点としか見られない世界ではないだろうか。
―いや人の事を考えている場合ではないな。俺はどうしたらいいのだろう。いや、いったい俺は何をしたいのだろう……
伊能が今一番望んでいることは、再び家族と一緒に暮らすことだ。
真澄を納得させることができるとすれば、自分自身が大きく変わらなければいけないのは分かっている。
容貌にも恵まれ、明るい性格と、得意の話術で楽しく生きるのでは駄目なのか。
何をどう変えればいいのか、途方に暮れていると言った状態だ。
だからといってこんな突拍子もないことに巻き込まれて、命がけで正義を守るといったら、真澄はどんな顔をするだろうか。
伊能は万全と二宮の間に座っていた。
伊能が真剣にかんがえている間、伊能を間において万全と二宮がずっと小声で言い争っている。
きっかけは万全が二宮に言ったことだ。
「二宮君、昨日貸したジュース代の120円いつ返してくれるの?」
「えっ!あれ奢ってくれたんじゃないんですか?」
「えええ!何でぼくが二宮君に奢らなければいけないの?理解不能なんですけど」
「万全さんが何か飲もうよって言った時、僕は言いましたよね。喉渇いてないし、小銭がないからいいです、って。そしたら万全さんが、いいよいいよ気にすんなって、そう言って買ったんじゃないですか」
二宮の顔が興奮で紅潮してきた。
万全は呆れ果てたような表情で二宮を見ている。
「僕一言でも奢るって言いましたか?気にすんなってのは、お金を貸してあげることに対してだよ。もうお金細かくなったでしょ。ちゃんと返してよ」
二宮がうんざりした顔になってちょっときつい調子で言い返した。
「万全さん。僕ねずっと収入がないんです。今財布に入ってるのは30円くらいです。小銭だけじゃなくて、大銭もないんです。サラマンダーでタダで飲み食いしてたんですから」
万全の小さな目が少し意地悪そうに光った。
「しかし二宮君、ビンボーにもほどがあるね。それから無銭飲食みたいなことは感心しないなあ。やっぱりルールは守らないとね。人間の基本だよ」
厭味ったらしくそう言いながら、小さな手帳を取り出して何か書きはじめた。
「じゃあ今回は特別に返済日を遅らせてあげよう。利息は特別に無しにしてあげるよ」
聞いている伊能も腹が立ったくらいだから、二宮はもっと頭にきただろう。
万全は睨みつけてくる二宮のことなど眼中にないと言った様子で、ちびた鉛筆を舐めながら手帳をみつめていた。
「で、い・つ・な・ら・か・え・し・て・く・れ・る・ん・で・す・か?」
いっそのこと万全に120円を払ってやろうかと伊能が思った時、二宮が憤然と言った。
「じゃあ、年内には返しますよ。まったく、せこいんだから!」
その言葉に万全がきっと二宮を睨み据えた。
「ちょっと二宮君、せこいってどういうこと?聞き捨てならないなあ。それに120円返すのになんで2か月もかかるんです?」
「だって金ないんですよ。この3か月家を出て暮らしてますけど、家を出るときに持ってきた1万円でいままで生きてきたんですよ」
伊能がついに二人の間に割って入った。
とても考え事などできそうにない。
「やめろ二人とも。今はほかに大事なことを考えなければいけない時だろう」
伊能が怒って大きな声を出したので、二人ともしゅんとしてしまった。
「確かに万全はせこい。お前名前と髪型は立派なのに、相当せこいよな。だけど二宮のビンボーも度を越してるな。何で働かないんだ?」
二宮が少し恨めしげな眼で伊能を見た。
「僕も日払いの仕事とかやったんです。でもいざ日当を貰う段になると、誰も僕が働いているところを見ていないとか言われて……一生けんめい働いたのに、給料泥棒みたいに言われて、それでやめたんです」
伊能はポケットから1万円札を出して二宮に握らせた。
「返すのはいつでもいいぞ。万全の120円はすぐ返してやれ。それで少し静かにしてくれ。いろいろと考えたいことがあるんでな」
希の(身体が)入院しているという帝都大学病院も千代田区の中にあった。
ルートから考えて先に病院に行った
土岐が降りるとき伊能が声をかけた。
「土岐さん、なぜ子供を見にいくんですか?話の裏を取りに行くんですか?」
土岐は伊能をちらりと見て言った。
「いや、話は信じてる。あんな嘘つけないぜ。ただあの子が見たくなった。それだけだよ。伊能は俺の能力を知っているから、あと一つ言っておく。あの爺さんと子供、どちらのときも物凄く良い匂いがしていたんだ。今まで嗅いだ事がない匂いだな。本当に純粋なんだな……そして、子供の方からは切なくなるほどの、淋しさとか悲しみも感じた。そのときふと思ったのさ。俺はどんな匂いをさせてるんだろうってな。自分の匂いは分んねえからな」
後ろを一度も振り返らないで真っすぐ病院に向かう土岐を伊能はしばらく見つめていた。
日比谷公園に向かう車の中で伊能は万全達に言った。
「最初に言っておくが、俺は役人ってやつが大嫌いだ。いつも皆死んじまえとか思ってたけど、本当にそんなことになると、考えちゃうよな。俺は電話で話したい人がいるんで、公園に着いたらちょっと別行動をとらしてくれ。昼位に公園のどこかで待ち合わせしよう。二人ともよく考えてな」
真澄のメモには、電話をしてきたら由美と死ぬって書いてあったな。それを思い出して伊能は唇を歪めた。
だが、どうしても真澄に教えてもらいたいことがあった。
最期の電話だからとゆるしてもらうつもりだ。
公園に着くと、伊能は公衆電話に行き真澄の家の番号をゆっくりとダイヤルし始めた。
~つづく~
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コメント
上村先生こんばんは♪
伊能は真澄に何て言われるのか気になります!
ここからヒューマン系かラブ系になるのでしょうか~?!
早く次が読みたいですぅぅ・・!
投稿 Honey | 2008年1月19日 (土) 01時01分
正義は少年の心の中にしか、
存在しないのかもしれませんね。
希君の正義感に共感して、
仲間達が結束する。
とても説得力があると感じました。
投稿 ドスコイ | 2008年1月19日 (土) 07時44分