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24 10歳の老人(2)

「万全ちょっと待てよ。どんな話でも信じるって言ってたじゃないか?じゃあ最後まで話を聞けよ」

 万全をたしなめたのは伊能だった。

 万全は頬を膨らませて伊能に食ってかかった。

「だって、何を言い出すかと思えば、10歳だなんて……きっとアルツハイマーが進行したんです。残念だけど、もう自分が何を言ってるのかも理解できていないんです!」

 伊能が何か言おうとするより早く、土岐が割って入った。

「この爺さんは、何かとても重要な事を俺達に伝えたいらしい。嘘や誇張のない、だが普通じゃない何かを、俺たちに純粋に理解してもらいたい。そんな感情の匂いがする」

「な・なんですか?感情の匂いって?」

 今度は土岐より先に伊能が答えた。

「とにかく土岐さんには分るんだ。それから俺が爺さんと初めて会ったときから感じていた違和感の正体も分かるかもしれない」

 傍観者的な態度をとるだろうと想像していた二人から反論されて、万全は救いを求めるように二宮を見た。

 二宮は眼をそらして伊能に問いかけた。

「違和感って……須賀さんのどんなことにですか?」

 伊能は須賀を見た。
 須賀は何も言わず、伊能をまっすぐに見つめていた。

「眼だ」

「眼がどうしたんですか?」

「ときおり好奇心で一杯の少年のような眼をしているときがある。まさに10歳位の少年の眼だな」

 そういえばといった風に万全が何度も頷いた。

 土岐が須賀に向かって声をかけた。

「もう途中で茶々は入れないから、全部話してください」

 須賀は感謝のこもった眼で伊能と土岐を見てから口を開いた。
 がらりと口調が変わっていた。

 しわがれた声はそのままだったが、喋るスピードも、言葉づかいも少年のものだった。

「僕の言い方が悪かったんです。ごめんなさい。僕の名前は長野希(のぞみ)といいます。須賀さんに了解していただいて、この身体を貸してもらっています。10歳になったのは僕の事です」

 万全がすでに逃げ腰になっている。
 
「に、二重人格とか多重人格ってやつですか……僕そういうの苦手なんですけど」

「違います。僕と須賀さん、いつもは御爺ちゃんって呼んでますけど……僕たちはまったく別の人格です」

「万全、口を挟むな」

 土岐が厳しい目で万全を一瞥した。

「僕の体はいま別の場所にあります。僕は5年前、まだ5歳だったころ交通事故にあいました。それ以降ずっと病院のベッドで意識が戻らないままです。理由はわかりませんが意識だけが遊離しているようです」

 呟くような声がぶつぶつと聞こえてきた。
 万全が必死に呪文のようなものを唱えていた。
 お経なのかもしれない。
「キーニョージュームーニョーライ……ナムフカシギコ……アンギャバホンギャバオンギャアギャア、なにとぞ成仏してください」

 土岐が苦い顔で笑った。

「せっかく生きてる者を殺すのか?」

「だって生き霊ってやつでしょ。アンギャアホンギャア」

「だからそれやめろ。最後まで聞け」

 万全は不承不承頷いた。

「この状況が信じられないのは僕も同じです。大変不思議なことになったと思いました。こうなったのがアメリカで911のあった日ですから、その大量な情報が一気に僕の中に流れ込んできたのです。僕は自分がどこにいるのか?パパとママはどこにいるんだろうと思って、ずいぶん泣いてばかりいました」

「そのあんたの意識はどこにあったんだい?」
 伊能の口調は真剣だった。

「しばらくして分かったんです。僕は世界を繋いでいるインターネットの世界にいたのです。眠る必要もなく、食事もいらない、どんなデータにも潜りこめるし、その内容を知ることも、保存することも簡単にできるようになりました。どこの国の言語でもあっという間に理解できてしまいます。行こうと思えば地球の裏側まで1秒かからずに行くこともできます。わずかな電気信号さえあればですが……」

「人間にも入れるわけだ?」

 全員がいつの間にか須賀の言葉を信じていた。

 質問した土岐を見て、須賀は難しい顔で頷いた。

「コンピュータに比べて、人間はずっと複雑で難しいですね。自意識があるから僕の侵入を排除しようとするし、無理すればその人の精神を壊してしまうかもしれません」

「須賀さんは大丈夫なのか?」

「須賀さんには驚きました。当時アルツハイマー病で本当に子供の頃に戻っていたんですね……排除するどころか、積極的に僕を受け入れてくれました」

「僕が皆さんを、異能力を持った人をネット上で探し出して集めたのも、このことを理解出来る人を探したかったからです。自分自身不思議な体験をしている人の方が良いだろうと思ったからです」

「なるほどなあ。子供にしては良く考えたなあ」

 須賀は身を乗り出した。
 あどけない目つきだが真剣そのものだ。

「時間がなくなってきました。僕の話を信じてくれて力を貸してくれる人を探しているんです」

 あまりの真剣さに冗談めかした軽口も叩けなかった。

 思わず息をのんで伊能が訊ねた。

「何の時間がなくなってきたの?俺たちの力って異能力の事?この能力はどっちかっていうと無能力に近いぜ」

 しばらく須賀は黙り込んだ。

 須賀の心の中で、大家の老人と少年が相談しているようにも見えた。

「実は恐ろしいテロ計画の存在を知ってしまいました。首謀者のパソコンから、交換ソフトかウイルスによって計画の一部がネット上に流出しました。それを偶然僕が見つけたんですが、恐ろしい計画です。おそらく史上最大規模のテロになるでしょう……」

 とたんに皆がそわそわしはじめた。

「日本で起きるのかい?」

 土岐に向かって須賀は頷いた。

「僕が見たのは高度に暗号化された計画書の一部ですが、東京がターゲットです。特に千代田区は完全に抹殺する気です」
「なんで千代田区なんだろう……」

 二宮がけげんそうに首をかしげた。

「千代田区こそ日本の心臓部だからです。官公庁、国会、皇居、重要な施設、人材が集中しています。昼間人口約80万人。皆殺しにするつもりです」

「ど・どうやってそんなことができるの?核ミサイル?」

 須賀は苦しそうな顔になった。

「分りません……決行時期はおそらく年内。あと2か月もありません。これから皆さんと計画の全貌を暴いて、この計画を阻止しましょう」

 万全は腰が抜けたようにペタリと座り込んだ。

 須賀を除く全員が呆けたようにお互いの顔を見つめていた。
 伊能がおそるおそる須賀に聞いた。

「あの……なんで俺たちがそんなことするの?」

 須賀はこの会合で初めて笑顔を見せた。
 それは一点の曇りもない、少年の笑顔だった。

「だってテロをやるなんて悪いやつでしょ。だからやっつけなきゃ。僕たちはセイギのミカタでしょ」

 土岐のくわえていた煙草がポロリと落ちた。

「こりゃあホントに子供だぜ……なんかすげえヤバいことに巻き込まれたのか、俺は」
 
 
 ~つづく

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