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23 10歳の老人

 須賀老人の姿を見て、万全は思わず駆け寄ろうとした。

 ――ボケ気味の老人まで誘拐するなんて、ヤクザには敬老精神がないのか!――

 須賀を心から尊敬している万全は、また髪の毛がざわめくのを感じた。

 しかし万全より、周りのヤクザ達の動きの方が素早かった。
 それまでのヤクザ達は、暇そうにウロウロしているといった雰囲気だった。

 全員がスーツ姿なのに、どう見てもサラリーマンには見えない。
 服の着こなし方、喋り方、表情、歩き方、仕草のすべてに暴力の匂いが漂っていた。

 大声で卑猥な話をしている者。
 やたらと殺気立った顔で唾ばかり吐いてる者。
 万全の髪形を見て、狂ったように一時間も笑い続ける者。

 ちょっとした仲間同士の小競り合いが起きた時は、飛び交う怒号に腰が抜けそうになった。

 怠惰な猛獣たちの群れに似ていた。
 須賀老人が現れるや、それが一瞬で変わった。

 全員が訓練された軍隊のようなきびきびとした動きになった。

 だらしなく緩めていたネクタイも、いつの間にかびしっと絞めている。
 サングラスをかけている者が多かったのに、一人もいなくなっていた。

 全員が真剣な眼差しで須賀老人を見つめていた。

「お疲れ様です!」「お疲れ様です!」

 横柄な雰囲気をまき散らしていたヤクザ達が、年齢に関わらず大声で叫びながら、須賀老人に向かって深々と頭を下げていた。

「まるで水戸黄門だな。実は天下の副将軍ってやつか。しかし驚いたな。須賀常太郎とはな……」

 いつの間にか隣に来ていた土岐が、呆気にとられている万全に話しかけてきた。

「あ、土岐さん。土岐さんは知っているんですか、須賀さんのこと」

 土岐は無表情のまま煙草を取り出して唇にくわえた。

「須賀常太郎……東日本最大のヤクザ組織愛桜連合の総長だよ。最近噂をきかなかったが、昔は最後の任侠なんて言われていて、ちょっとした有名人だった。あの爺さんをモデルにした映画なんかもあったなあ」

「須賀さんがヤクザの親分!し、信じられない……なんか思考能力が無くなっちゃいました。須賀さんが悪い人だったなんて……本当に僕は須賀さんのことをリスペクトしていたのに……」

 万全はすっかりしょげた様子で肩を落とした。
 バベルの塔も心なしかしんなりとしている。

 土岐は苦笑を浮かべて万全を見た。

「もともと思考能力無いんだろ?あればその髪型にはしないと思うがな」

 むっとして黙り込んだ万全の様子を、気にも留めずに土岐は話を続けた。

「だが、あの爺さんが悪い人ってのは違うんじゃねえか?俺も博打打ちだから、ヤクザのことは知っているつもりだ。須賀常太郎って人は、筋の通らないことは絶対にしないらしいぜ。世間から落ちこぼれていく連中の面倒みているうちにヤクザの親分になった。ヤクザの世界でも筋を通すために随分無茶な喧嘩もしたらしい。一代で組員一万人以上の組織を創り上げた男なんだから凄いのは当たり前だが、あの爺さんの凄さは別にある」

「なんですか?」

「爺さんは対立関係にあるヤクザ達にも尊敬されているんだ。愛桜連合は麻薬厳禁、堅気に迷惑をかけたら即破門の厳しい掟があるんだが、それでも爺さんを慕って本物のヤクザになりたいと言って集まってくる連中が多いんだ。まあ不良のカリスマなんだな」

 気がつけば伊能も二宮も一緒に土岐の話を聞いていた。

「なるほどな。俺もどっかで聞いたことのある名前だと思ったよ。まさかヤクザの親分さんだとは思わなかったけど、問題はなぜ俺たちをこんな形で集めたのか……」

 ヤクザ達に囲まれてなにか笑顔で話している須賀老人を見つめながら伊能が呟いた。

 突然ものすごい怒鳴り声が聞こえてきた。

 万全達がはっとして声のする方を見ると、ついさっきまでにこやかだった須賀の形相が一変していた。

 顔は怒りで真っ赤になっている。
 取り囲む男たちも凍りついたように硬直していた。

 須賀の前には土下座して頭を地面に擦りつけている男がいた。
 万全に拳銃を突きつけた、頬に傷のある男だった。

「堅気に!しかもワシの客人にチャカを向けるとは何事じゃ!伊吹、貴様は破門だ!とっとと出て行け!」

 伊吹と呼ばれた頬傷の男は、破門という言葉を聞いて顔をあげた。

「親っさん……破門だけは勘弁してください!エンコ(指)なら何本でも詰めます……いや腕一本だって詰めて見せます。どうか自分を親っさんのお傍に置いてやってください。お願いします……」

 最後は涙声になっていた。

 須賀は伊吹には何も言わずに、万全達の方へやってきた。

「皆さん、こんな朝早くから誘拐じみた事をされて、さぞ驚かれたじゃろう。本当に申し訳ないことをした。心からお詫びするですじゃ。これにはのっぴきならない事情がありまして、これから皆さんにお話しするつもりですじゃ。朝ご飯でも食べながら如何ですかな?」

「そういえば腹減ったな。御馳走になろうか」
 伊能が大げさな身振りで腹をさすった。

 須賀の案内で広い庭を横切り、巨大な母屋とは別に建てられた旅館のような日本家屋に通された。

「伊能さん、あの3階建ての母屋。何DK位あるんですかね?見当もつきませんね」

 二宮がコンクリートの要塞のような母屋を見て呆然として呟いた。

「バカだな。何DKじゃ数えねえよ。何百㎡とか何千㎡って言うんだよ」

「ヤクザって儲かるんですねえ……」
 二宮が小さくため息をついた。


 伊能、万全、二宮、土岐、そして須賀老人の五人が朝食を食べたのは20畳位の広い和室だった。

 食事は純和風の質素なものだったが、味噌汁と御飯の美味しさには皆が驚嘆した。

 味覚を失った土岐も、さりげなく同調している。 
 土岐の隠された能力と、失った味覚については伊能しか知らないのだ。

 須賀は食事の間、何も話さなかった。
 甲斐甲斐しく給仕をする組の若者がいたからだろう。

「しばらくは誰もこの部屋に通すな」
 須賀は食事が終ると若者にそう言いつけた。

 五人だけになっても、須賀はお茶をゆっくりとすすりながら、いろいろと思案しているように見えた。

 ようやく口を開いたのは、土岐が3本も煙草を吸い終えたころだった。

「どう話したらいいものか……あまりにも奇想天外な話なので皆さんは驚くじゃろう。信じてくれないかもしれない」

 須賀は眼をしょぼしょぼさせながら、ヤクザの大親分とは思えないほど気弱な顔で皆を見渡した。

 万全が身を乗り出す様にして、須賀を励ました。

「須賀さんの話はどんなことでも僕は信じます。安心して話してください」

 須賀は嬉しそうに肯いて、しわがれた声で話し始めた。

「実は……」

 皆が全身を耳にして聞き入っていた。

「実は……わしは今年10歳になったんじゃ」

 万全が気味悪そうな顔で、思い切り身を引いた。
 そして残念そうに言った。

「須賀さん、病院に行きましょう」
 
 
 ~つづく

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コメント

上村先生♪こんばんは~!

須賀老人・・いい味出してますね^^

これからの展開がますます気になりますっ!!

投稿: Honey | 2008年1月 8日 (火) 22時14分

上村先生は、流石ですね。
先を読みたくて、読みたくて
我慢が出来ません。
頑張って、続きをお願いします。

投稿: ドスコイ | 2008年1月11日 (金) 08時15分

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