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30 賢人会議(2)

 全員が警察の書類を読み終わった。
 しばらく誰も口を開こうとしなかった。

 供述調書はタケト本人の話と、現場に最初に駆けつけてタケトに応急手当を施した警官、そして店員や客からの情報で構成されていた。

 タケト自身の供述は僅かだった。
 相当重傷だったらしく、医師から許された時間も10分程度だったことが書かれていた。


{女の化け物が出たんです。首だけが宙に浮かんでいてニタニタ笑っていました。漫画の本の中から、いろんなキャラクターが飛び出してくるし、ホントに異空間っていう感じでした。あっと思った時には女の首が僕の肩の上に載っていました。怖くて動けませんでした。夢じゃないかなと思ったくらい……女の舌が蛇みたいに長く伸びてきて、僕の耳を舐めました。それから確か「アシッド」と囁いて、僕の首を切り裂いたんです}

 タケトの話を聞いた刑事の報告はこうだ。

{供述は支離滅裂で理解できない。事件現場のすぐ近くには、別件の事件の現状保存のため警官がいた。被害者の悲鳴を聞いて、現場に着くまで1分とかからない。それは出血の状態から見ても明らかである。しかし現場には、床に倒れた被害者が血まみれで転げ回っているだけで、不審者の痕跡も残っていない。家族の話では、被害者は精神病で入院歴があり、何年間も引きこもっていた。病気による妄想。妄想によって自殺を図った可能性も疑われる。薬物摂取の可能性もあり、現在被害者の血液の詳細な分析結果を待っている}

「ケーサツはタケトの言うことなんか、まったく信じちゃいない。
まあ俺だって信じられないけどな、こんな話」

 伊能は腕を組んで深い溜息をついた。

「だけどタケトが嘘を言うとも思えないんだよなあ……まして自分の喉を切り裂いて死のうとするなんてあり得ないだろ」

 二宮が大きく首を縦に振った。
「そうですよ。事件の直前まで俺達けっこう盛り上がってて……タケトが一番楽しそうだった。仲間ができてうれしいって、子供みたいに喜んでたし……」
「俺は人を見るのが商売みたいなもんだが、あいつは相当純な奴だぜ。あんまり純粋だと、かえって人間関係がうまくできないことがあるんだよな。いつも自分が一番傷ついちゃうタイプだな」

「確かにあの子はいい匂いがしていたな。頭だっておかしくない。いい子だよ、タケトは……死ななくて良かったよ」

 土岐の言葉に二宮が不思議そうな顔をした。

「土岐さん、さっきも言ってたけど何ですか?その匂いって?」

「土岐さんはな、人の感情とか思考していることの匂いを感じ取れるんだ。簡単にいえば、いい奴はいい匂い、悪い奴は嫌な匂いがするわけだ」

「すごい能力じゃないですか。どうして教えてくれなかったんですか?」

 万全と二宮が目を丸くして土岐を見つめた。
 須賀老人も「ほほう」と言いたげな顔をしている。
 土岐は煙草をくわえたままそっぽを向いた。

「俺の商売上の秘密だからな。それに嫌なもんだよ。人に感情や心を読まれるのは……まして匂いとして感じられちゃうんじゃ、誰も俺のそばに寄ってこなくなる」

「僕はどんな匂いがしますか?」
 二宮が身を乗り出して聞いた。

「それを聞かれるのも嫌なんだよなあ。まあ、この中じゃ二宮の匂いが一番嗅ぎにくい。匂いが薄いってことだな。伊能の心の中は、何かに対する後悔や未練で一杯だし、万全はとにかく細かいなあ。お前、毎日抜けた毛の本数を記録しているだろ。そんな事するから、ますます禿げちゃうんだ。でも何にせよ皆、悪い人間ではないな。いや実際のところ、かなり心地よい匂いがするよ」

「僕って感情までが希薄になってきたのかなあ……マジやばいっすね」

 意外とショックを受けたらしい二宮の肩を、伊能が励ますように軽く叩いた。

「お前最初に見た頃よりずっと存在感出てきたぜ。ちゃんと見えるしな」

 そう言ってから、伊能は皆を見渡した。
「じゃあ、一応俺たちはタケトの言うことを信じるってことでいいのかい?」

 万全が不安げな眼差しで皆の顔色をうかがっている。
「あの……僕は警察の方のご意見に賛成です。タケト君には僕たちの知らない病気とかあるのかもしれないし。だって、お化けなんかいるわけ無いでしょう。フツーに考えて……」

「へえー。万全さんはタケトを信じないんだ!」
 二宮が驚いたような声を上げた。

 太い眉毛に不釣り合いな、万全の小さな目が気まり悪げに伏せられた。

「だって……お化けがいたら困るじゃない!怖いじゃない……」

「その事については、希君が仮説を考えましたのじゃ」
 須賀老人が万全をなだめるように言った。

 今まで黙っていたのは、どういう方法か分からないが希と会話をしていたらしい。

「女の言ったアシッドという言葉を希君が調べました。おそらくLSDの事ではないかと希君は言っております」

「LSDって昔ミュージシャンとか、芸術家なんかが使ってたラリ薬だろ?ビートルズもやってたらしいな。そう言えば幻覚が見えるんだよな」

 須賀を除けば、おそらく最年長の土岐だけがLSDを知っていたが、他はきょとんとしていた。

「わしも知らなかったんじゃが、なんでもLSDというのは最強の向精神薬だそうじゃ。サボテンから抽出される幻覚剤でメスカリンというのが有名じゃが、その一万倍の効果があるそうじゃ」

「つまり二宮が見たのはLSDによる幻覚ってことか……」
 眉間にしわを寄せて伊能が考え込んだ。

「でも、どうやって二宮君にそんな薬を飲ませたんですか?」

「タケト君が席をはずしている時なら、簡単にブースの中の飲み物に薬を入れられるんじゃなかろうか。だが、しかしですじゃ。もしかすると人に幻覚を見させる異能力の持ち主かもしれない、と希君は思ってますのじゃ」

「しかも偶然タケトがやられたわけじゃない。そいつは俺たちを狙っているわけだよな」

 伊能が顔を上げた。
「よし、ぐずぐず言ってても始まらない。取りあえず手がかりはサラマンダーにしかないわけだ。早速、二宮の出番が来たな。これで存在感もばっちりだぜ」

 二宮がすすっていたお茶を吹き出しそうになった。
「ぼ、僕が?な、何をするんですか?」

 伊能がタケトの調書の一部を指さした。
「あいつは今、警察病院に入院している。半分容疑者扱いだから俺たちじゃ会わせてもくれないだろう。おまわりの見張りがいるかもしないしな。お前ならタケトに会いに行ける」

「え!どうして僕なら?」

 伊能が唇を歪めた。笑ったのかもしれない。

「消えてくんだよ。じっくり話を聞いてこい」
 
 
 ~つづく

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コメント

とうとう、サラマンダーの本格始動ですね。
二宮の超能力が発揮されます。
考えてみれば、二宮の超能力は素晴らしい。

投稿: ドスコイ | 2008年2月 4日 (月) 08時41分

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