38 YUKIとストレートレイザー
好きな事をして、楽に大金が稼げる。
本当に自分はラッキーだとYUKIは思っている。
YUKIはプロの殺し屋だ。
1年に一度仕事をこなせば、好きなだけ贅沢ができる。
殺人の報酬は莫大だ。
あるきっかけで初めて殺人の依頼を受けた時、報酬は500万円と言われた。
その当時YUKIは、コンビニで時給800円のバイトをしていた。計算してみると、500万円はコンビニのバイト料6250時間分になる。
1日8時間働いたとしても約800日、休日を考えると3年分の給料に当たる。
YUKIは即座にバイト先のコンビニへ行った。
店長がレジに立ち、客用の脂ぎった愛想笑いを浮かべていた。
YUKIの身体を露骨に眺めたり、うっかりしたように装って、尻などに触れたりしてくるときには、変態じみた笑顔になる。
YUKIはずかずかと歩み寄り、コンビニの制服を店長の顔面に投げつけた。
「わたし今日で辞めるから。アンタみたいな変態野郎の店で、これ以上1分だって働きたくない」
店長はおどおどとしながらも、上目使いでYUKIの様子を窺っていた。
「でも、ほら、ローテーションがあるでしょ。急に言われてもねえ……給料の計算だって……」
「給料なんていらないから。エロオヤジ!」
客たちが呆然として眺めていた。
新しい人生。
本当の人生が始まるような気がした。
仕事を引き受けることを、すぐに依頼者に連絡した。
準備に1週間位はかけただろう。
殺人そのものには数分しかかからなかった。
人間を殺すことには、なんのためらいも無かった。
終わった後は大金を手にした喜びだけがあった。
人間を殺すことは、実は簡単な仕事だ。
何年か前にテレビで、マグロの一本釣り漁師のドキュメンタリーを見たことがある。
200キロ以上の大物が掛った時は、まさにマグロと人間の命懸けの勝負になる。
どちらかの体力、気力が尽き果てるまでの壮絶な戦いだ。
マグロは簡単には死なない。
人間は簡単に死ぬ。
しかも警戒心が無いから、隙だらけだ。
YUKIは今までに5人の男女を殺したが、抵抗されたこともない。要は殺害する場所の選択と、タイミングだと思っている。
目撃されない。声を上げさせない。遺留品を残さない。
それだけは心がけている。
見知らぬ人間から依頼されて、見知らぬ人間を殺すのだ。
被害者とYUKIの接点はない。
依頼者とYUKIの接点も追跡するのは不可能だろう。
依頼者との連絡は、いわゆる{飛ばしのケータイ}を使う。
{飛ばしのケータイ}とは、架空名義で購入したプリペイド式のケータイのことだ。
犯罪常習者の必須アイテムだが、ネットで簡単に手に入る。
三上の依頼で集めた40人のテロ実行グループにも、それぞれ1台ずつ渡してある。
金のやり取りは、ネットバンクの架空口座を使っている。
こちらもネットで手に入る。
通帳、印鑑、キャッシュカードがセットで数万円だ。
捜査能力を喪失した今の警察では、YUKIにたどり着く恐れはまったくない。
YUKIは三上から須賀殺害を依頼された。
正確にいえば、YUKIには手配だけを依頼してきた。
おいしい仕事だから、YUKIは自分でやりたかった。
須賀は有名なヤクザらしいが、今はただのボケ老人だ。
ヤクザ達に護衛されると厄介だが、須賀の意向なのか、それもない。周りにいるのは、唖然とするほど馬鹿げた連中だ。
しかし本番を目前にして、現場リーダーのYUKIが動くことを三上がどうしても嫌がった。
手配するだけでも、オプション料としてYUKIに一千万払う。
三上があっさりとそう言った時にはさすがに驚いた。
実行グループにも一人当たり一千万。
三上は陰気な声の印象とは違い、桁外れに気前のいいクライアントだった。
確実な仕事をするためにYUKIが選んだのは、ドラッグや武器の密売をしているイラン人グループだった。
ボスはシェイダという名前の、険しい眼をした精悍な男だ。
イラン人グループが多数ある中で、シェイダのグループには際立った特徴があった。
他のイラン人プッシャー(ドラッグ密売人)たちは、ジャンキー特有のだらしなさがあったり、腐敗臭のようなものを漂わせたりしている。
シェイダのグループにはそれが無かった。
誰もが健康そうで、誠実なビジネスマンのような雰囲気を持って仕事をしている。
違法でも、取引は取引だから約束は守る。
日本の異教徒共が麻薬に溺れるのは構わないが、身内で麻薬に手を出す者はシェイダが処刑する。
渋谷界隈で最大の組織だが、シェイダの統制が行き届いている。
シェイダ自身が軍人だった関係か、部下にも軍隊出身者が多い。
電話でYUKIの話を聞いたシェイダは、報酬金額を聞いて即座に了承した。
ビザの関係で近々イランに帰国する予定の者たちの中から、4人を選んだ。
全員が軍隊出身で実戦経験もある。
武器はシェイダの方で準備する。
襲撃計画は、YUKIが須賀の行動を監視しながらGOサインを出す。
今晩から4人は、新宿のビジネスホテルに24時間体制で待機する。YUKIの指示に即応するためだ。
あっという間に段取りができた。
シェイダは電話の最後にこう言った。
「クライアントに伝えてくれ。武器の料金と、ホテル代などの経費はサービスする。ただし明日中に入金が確認できなかったら、この話はキャンセルだ。YUKIの人生もそこで終わりだ。金額は5人分で五千万、間違えるなよ」
「ちょっと、4人でしょ。四千万じゃないの?」
シェイダの乾いた笑い声が聞こえてきた。
「俺はタダ働きはしない。お前も同じだろう?」
抜け目のない奴だ。確かに私と同じだと思った。
サラマンダーが営業を再開したことを、YUKIは会員宛てのメールで知った。
早速サラマンダーに行って、お気に入りのブースに陣取った。
パソコンから三上に、須賀殺害準備完了のメールを送った。
送金先口座名と、明日中に入金しないと自分が殺されることも書いた。
送信したあと、YUKIは大きな溜息をついた。
もう一通メールを送らなければならない。
厄介な相手だった。
YUKIが世界で一番嫌いな男。
YUKIが世界で一番必要な男。
しばらく考えてYUKIはメールを書いた。
{To ストレートレイザー様
私の仕事が終わるまで、勝手な理由で人殺しをしないで下さい。
私に不満があって、それに対する当てつけでしているのなら、ちゃんと説明してください。
貴方が何を考えているのか、残念ですけど私には理解できません。
貴方は私のことは全て知っているんでしょう?
もっと話し合うべきだと思います。
YUKI}
~つづく
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コメント
凄いです。
上村先生。
新たな展開に、
ぐいぐい引き込まれました。
感嘆しています。
投稿 ドスコイ | 2008年3月 1日 (土) 07時56分