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46 ゲームの準備

 潜伏用マンションとはいえ、親分用だからなのか、相当贅沢なマンションだった。

 やたらに広いリビングを中心に、洋室和室が4部屋ある。
 それぞれの部屋にドアがあり、広さもゆったりとしている。

 伊能と土岐は別々の洋室で寝た。
 万全はベッドでは寝られないといって、一つしかない和室で須賀と枕を並べて寝たようだ。

 伊能は久しぶりに熟睡できた。

 真澄の家出、異能力の発現、その代償として作り笑いすらできなくなり、仕事も失った。
 思えばこの3か月は地獄のような日々だった。

 伊能はベッドから勢い良く下りて「よーし!やったるか!」と自分に気合を入れた。

 リビングにはすでに伊能を除く全員が集まっていた。

「おはよう!」

「よう、おはようさん」
 新聞をソファーで読んでいた土岐が、機嫌の良さそうな顔で挨拶を返してきた。

 万全はと見ると、鏡の前に立って、寝乱れた髪形のセットをしていた。

「レッド!おはよう!」
 伊能が声をかけると、「おはよう!ブルー」と言って、鏡越しにウインクをしてきた。

 その姿に、伊能は腰が抜けるほどぎょっとした。
 以前どこかで見た、昔の刑場をさまよっていた亡者の絵にそっくりだったからだ。

 磔(はりつけ)やさらし首になった者が、痩せこけた餓鬼のような体に、ぼろのような衣をまとい、さまよっている絵だった。

 恐る恐る確かめるように万全を見た。
 万全はセットに使う道具をずらりと並べて悦に入っている。
 しかも実に几帳面に等間隔に並んでいる。

――しかし、この姿を見ると、異能者というより狂人だな……

 マンションに用意してあった浴衣を着て寝たようだが、帯がほどけ、なで肩の貧弱な体が見える。

 万全の胸毛は凄かった。
 ほとんどゴリラ並の剛毛なのだが、残念なことに範囲が狭すぎた。

 みぞおちの辺りに、逆三角形に生えた胸毛は、女の陰毛にそっくりだった。

 そんなことを考えながら、呆れて見入っていると、鏡に映る万全がぽっと頬を赤らめた。

「ブルーてば、そんなに寝起きの姿を見つめないで下さいよ。なんか、恥ずかしいじゃないですか」

 そう言ってはだけた胸に生えた陰毛のような胸毛を隠すそぶりをした。

「ば、バカ野郎!呆れて見てたんだ。やめろ!身体をくねらせるのは。冗談でも嫌だ」

 伊能は奇妙な目つきで照れている万全に構わずに、ソファーでぼんやりとしている須賀の所に行った。

「あれ、どうしたんですか?須賀さん、目の下に隈が出来てますよ。昨夜はあまり眠れなかったんですか?」

 須賀は深い溜息をついた。
「眠れるわけがありません」

「どうしたんですか?」
 伊能は須賀の前に座った。

「わしは年をとったせいか寝つきが悪くてのう……それにこんな稼業だから、いつ殴り込みを受けるかわからんじゃろ。ちょっとした物音でもぱっと目覚めてしまうのじゃ」

「なるほど。昨夜は何の音が?」

 須賀は鏡の前で鼻歌を歌っている万全の後姿を憎々しげに睨んだ。
「昨夜は万全さんと布団を並べて寝たんじゃ……万全さんが、寂しいから、とか言って妙にぴったりと布団をくっつけて敷いたんじゃよ。まるで新婚夫婦のようにのう……」

「なんか、凄く嫌な話になりそうですね」

「万全さんの寝付きの良さにまず仰天しました。おやすみなさい、といってから数秒後にぐわあとアヒルの鳴き声のような鼾が聞こえてきました」

「へええ……そりゃ、堪んないですねえ」

「いやいや、最初はふざけてるんじゃろうか、と腹も立ちましたが、鼾なんぞは1時間ほどでおさまりました」

「じゃ、それ以外にも何か?」

「鼾が終ったとたんですじゃ」

「何ですか?」

「それは屁で始まりました」

「へ?」

「わしの方に尻を向けて、ぶりばりぶりばりばりと、床の間に飾ってあるコケシが倒れるほどの屁じゃった」

「へええ……」

「しかも何十発も続くのじゃ!どうも尻で深呼吸をしているとしか思えん。栓をしてやろうかと思った時、突然屁はやみました」

「うーむ」

「そして、きりきりきりきりという異様な音が響いてきたのじゃ」

「な、なんですか?」

「歯ぎしりじゃ。どうして人間にあんな音が出せるんじゃろう?どんなに耳を塞いでも、脳の中に直接響いてくるような……壁に掛けてある絵が、その音で少しずつ傾いていき、朝になったら完全に斜めになっておりました……」

「なんて有害な奴なんだ」

「いやいや、歯ぎしりなんぞは可愛いものですじゃ……伊能さん」

「はい?」

「わしは生まれて初めて、堅気の人を殺したいと思いました……」

「何があったんです?」

「明け方になって、ようやくわしも眠りに落ちました。ほんの僅かな時間ですがのう。何かの気配でわしはいきなり目が覚めました。とてつもなくおぞましい感覚がわしを襲ったのじゃ」

「お化けじゃないですよね?」

「お化けの方がどんなに良かったか……目覚めるとわしの布団の中に万全さんが潜り込んでいました……」

「うへええ!」

「そして赤ん坊のように」

「赤ん坊のように?」

「わしの乳首を吸っておりました」

 須賀は浴衣の前をはだけて、右側の乳首を見せた。

 細い白髪に囲まれたしわしわの小さな乳首が、真っ赤に腫れあがっていた。

「失礼します!」
 須賀の子分たちが、大声で挨拶してから入ってきた。

 朝食を運んできたのかと思ったが、重そうな段ボール箱などを運んできたのを見て、これは違うなと気がついた。

 箱から出されてテーブルに並べられたのは、さまざまな種類の拳銃と、日本刀やナイフ類。

 並べ始めたそれらを見て、いつも以上に機嫌の悪い須賀が男たちを一喝した。
「馬鹿たれがあ!チャカやドスなんぞ誰が持ってこいと言ったか!虫より馬鹿な奴らじゃ。堅気が使える道具と言ったじゃろが!」

 須賀の怒声に、すっかり蒼ざめてうつむいていた男たちの一人が、ほっとしたような表情で顔を上げた。
「親っさん、それならこっちの箱に入っております」

 須賀はじろりと男を睨んだ。
「だったら、とっとと並べんかい!チャカなんぞ片付けろ」

 須賀の身の回りを固めている子分たちは、愛桜連合の精鋭に違いない。街で見かけるやくざ達より、はるかに凄味のある男達が須賀の前では子供のように怯えている。

「さて、皆さんちょっとここに集まって下され。ここに並べたのは、いわゆる護身具じゃ。今夜の闘いは、わしらに圧倒的なハンデがある。向こうはわしらを殺すことに、なんのためらいもない」

「そうですね」
 伊能も昨夜それを考えていた。

「わしらはその女を絶対に殺してはいかん。テロの手がかりは、その女だけじゃからな。だから相手を殺さずに無力化するグッズを揃えたのじゃ。自分に合った道具を選んで下され」

 土岐が手のひら位の大きさの携帯電話かポケベルのように見えるものを手に取った。
「これは何ですか?これも武器?」

 護身具を並べた男が答えた。
「それはいいですよ。マイオトロンといいまして、アメリカのFBIが開発したものです。スタンガンと違って、これは直接脳神経に作用して一時的に機能不全にします。薬中にもばっちり効きます」

 伊能は懐かしいものを見つけた。
「これはパチンコですよね?」

「そうです。スリングショットって呼ばれてますが、ゴムが強力で、鉛玉を飛ばすわけですから相当ヤバい物ですよ」

「あ、マキビシだ!こっちは殺虫剤かな?」

 声を上げた万全を見て、男はぎょっとした顔になった。
「それはグレネードという毒ガスです。敵が多人数ならいいですね。マキビシは追ってくる相手に対して撒きます。忍者と同じです」

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コメント

万全は三重苦どころか、
四重苦ですね。
鼾、放屁、歯軋り、プラス寝惚けは、
どれも耐えられません。
特に布団に進入されて、乳首を吸われるのは
想像するだけで、おぞましいです。

投稿: ドスコイ | 2008年3月30日 (日) 08時11分

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