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50 反撃

須賀の皺だらけの首に、太く静脈が浮かんでいた。

 YUKIはその静脈を凝視しながら、一気に須賀の近くまで行った。

 簡単な仕事だ。

 切って下さいとばかりに浮かび上がっている頸静脈と、その下に隠れている頸動脈を切断するだけの仕事だ。

 10秒とかからない。

 口元に笑みを浮かべながら、YUKIがその静脈を切断しようと手を振りかぶったとき、俯いていた須賀が急に顔を上げて、YUKIを見た。

 幻覚に溺れている目ではなかった。
 恐怖を感じている目でもない。
 鋭利な、それでいて澄み切った、奇妙に意思的な眼差しだった。

 YUKIも殺しのプロだ。
 何があっても躊躇はしない。
 一気に須賀の首を切断しようと手を振り下ろした。

 振り下ろそうとした。
 1ミリも動けなかった。

 振り上げたままの手は、まるで神経が遮断されたように、どんなに力んでも動かない。

 YUKIは腕だけではなく、全身が動かないことに気づいた。
 目玉しか動かない。
 目だけを動かし他の三人を見た。

 土岐という男はYUKIを見つめながら煙草に火を付けている。
 片手なので不自由そうだ。

 もう一方の手は隠すようにして、須賀としっかり手をつないでいた。

 伊能というちょっとハンサムな中年男は、なぜかYUKIに向かって携帯電話を向けている。
 土岐に寄り掛かるようなだらしない格好だ。

 そして伊能と恋人のように腕をからめているのは、万全とかいうハゲの変態男だ。

――こいつらホモか?

 そうとしか見えないくらい、全員がくっつくように固まっていた。

 YUKIは万全の髪形がいつの間にかほどけて、落武者状態になっていることに気付いた。

 禿げた頭頂部が真っすぐYUKIに向いていた。

 そしてその円形の禿から、どぎついピンク色の光のようなものがYUKIに向かって放射されていた。

 その下品な光がYUKIを拘束しているらしい。

 YUKIは、悔しさで発狂しそうだった。
 滅茶苦茶に暴れようとしているのに、指一本動かせない。
 眼だけがますます狂気を帯びていく。

「貴様ら、あたしに何をした?すぐに動けるようにしろ」
 YUKIはようやくそれだけを喋ることができた。
 唇さえ動かせないのだ。

 突然伊能が狂ったように喚きだした。
 相変わらず携帯電話をYUKIに向けている。

「おい、このクソ女。てめえの負けなんだよ。俺たちの事をなめやがるから、こんな事になったんだぜ。確かに万全なんかハゲでチビでケチな変態野郎に見えるけどな。だがこいつのしょぼい異能力が、今お前を縛っている。こいつのちっちゃな念動力でも、お前なんか殺そうと思えば、殺せるんだぜ。ん?」

「ひどい……」
 万全がポツリと呟いた。

「あ、悪い悪い、怒るなばんぜ……じゃなくてレッド。ほら、いつもの反作用だから、心にもないこと喋り散らしてるだけだから」
 恨めしげな眼をした万全に、ちょっとだけ気を使ってから伊能は先を続けた。

「万全の能力だけじゃない。俺の能力だって役に立ってる。お前は人に幻覚とか見させる能力があるみたいだな。つまり脳に作用する何かができるわけだ。まさか店に入ったとたんにやられるとは思わなかったけどな。見事に全員やられたよ」

「どうやって正気になった?」
 YUKIは伊能を食い入るように睨みながら、歯の間から言葉を絞り出した。

「お前、俺の異能力を知ってるか?最初は衛星のカメラに俺の視覚がリンクした。ということは他のカメラ、監視カメラとか、ケータイのカメラにもリンクできるんじゃないかと試したてみた。これが出来たんだな。だから俺は幻覚を見始めた時に、ケータイのカメラを撮影モードにして、そこに視覚を切り替えることができた。ケータイには脳がない。お前の異能力もきかないだろ?」

「他の奴らはどうして?」

 伊能はポケットからやはり携帯電話くらいの大きさの物を取り出した。
「これはマイオトロンといってな、お前と闘う為に用意した武器だ。FBIが開発したという優れもので、スタンガンより効果がある。スタンガンみたいに体に電流を流すんじゃなくて、脳神経そのものにパルスで衝撃を与える。幻覚剤なんかで異様に興奮している奴にも効果があると説明書に書いてあった。だから俺が全員にマイオトロンを押しあてたんだ」

「凄いショックだった。一発で目が覚めたぜ」
 土岐が煙草の煙を吐き出しながらいった。

「おい女、お前の能力をすぐに解除しろ。さもないと気絶してもらうことになるぞ。いつまでもケータイのカメラ越しに見ているのも疲れるしな」

「そうだな。伊能の手ぶれがひどいから、映像を見ていると気持ち悪くなる」

 土岐の言葉にYUKIは驚いた。

「伊能が見ている映像を他の人間も見られるのか?」

 伊能が得意そうな顔になった。
「女、お前俺達が仲良く手をつないだり、べたべたくっついているのを見てホモだと思ったろう?これにはちゃんと訳がある。俺たちの能力はしょぼいけどな、繋がることが分かったんだ。しかも繋がることによって、能力の共有だけではなく、能力自体のパワーが増幅されることも分かった。特にお前が狙っていた須賀さんは凄いぞ。須賀さんには特にこれと言った能力は無いが、他人の能力を増幅させることにかけてはピカイチだ。現に今お前が動けなくなっているのも、万全の能力を須賀さんが増幅しているからだ」

 突然YUKIがけたたましく笑い始めた。
 整った日本人形のような顔立ちなのに、口だけが赤く耳まで裂けているように見えた。
「まったく下らない連中だ。それでお手々繋いでたのかい。まあゲームは私の負けさ。だけど私は何も話さないよ。拷問でも何でもするがいい。それから私をここから連れ出したいなら、気絶させるしかないよ。オマワリだって警戒中なんだ。ひと騒動起こしてやる」

 伊能が須賀を見た。
 須賀は仕方がないと言った風に肯いた。
 伊能は万全の肩を叩いた。
「ばんぜ、じゃなくてレッド!あの女の頸動脈を1分ばかりつまんでくれ。それで気を失うだろう」

 伊能はYUKIに向かって言った。
「これで分かっただろう。万全の能力はブラジャーのホックを外すのが精一杯の小さな力だ。だけどなブラジャーのホックを外すほどの精密な動きと力があれば、人間の体内の血管や神経をいじくるのは訳なくできる。まあ、これからお前は体験するわけだがな」

 万全の小さな目がYUKIに向けられた。
 YUKIは、自分がいま恐怖を感じ、震えていることに気がついた。

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コメント

驚嘆しました。
しょぼい超能力だと思っていましたが、
とんでもない使い方があったのですね。
ただただ、感心させれました。

投稿: ドスコイ | 2008年4月18日 (金) 21時15分

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