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57 真澄激怒する。

「セイギのためだ」
 伊能の言葉を聞いても、真澄はあまり驚かなかった。
 ただ「それで?」と聞いてきた。

「俺はもうお前たちとは会えないかもしれない。あるいは極悪非道の犯罪者扱いされるかもしれない。だから、一刻も早く離婚届を出してくれ。俺の署名はそちらで書いてほしい」

 しばらく沈黙があった。
 やがて氷よりも冷ややかな声が返ってきた。
「わかったわ。それだけ?」

「あともう一つ。しばらくの間都心部、特に千代田区には絶対に近寄らないでくれ。通過するのも避けてほしい」

「それは、あなたのため? 私のため?」

「お前たちのためだ」

「そう……」

 またしばらく沈黙があった。
 真澄が口を開いた。

「あなたの心に、いま何があるの? 私たちと別れることの悲しみ? セイギのために何かする昂り?」

「いや……どっちかっていうと、引き返せないところまで来てしまった絶望かな」

「私の気持ちは分らないみたいだから、教えてあげる。私は今怒っているわ。本当に物凄く怒っているわ」

 電話が切れた。
 伊能はしょんぼりと肩を落として居間に戻った。

 伊能を見て、土岐が何かを察したらしくぽんぽんと励ますように肩を叩いた。
「タケトの話が面白いぜ。タケト、さっきの二宮の話を伊能にも聞かせてやってくれ」

「タケトじゃなくてブラック……」
 万全がつぶやく。

 タケトはソファーの上で両ひざを抱え込んで座っていた。
 大きな目がくるくるとよく動く。

「この前二宮さんが来たときに、変なことを聞いたんです。眠っているのと、記憶を失っているのは同じことかな?って。僕はそんなことないでしょうって答えたんです。起きた時に、いままで記憶を失っているなんて思ったことないですもんね。そうしたら二宮さんは真剣な顔で考えこんでました」

「なるほど……二宮は気が付いていないってことか……」

 考え込む伊能に万全が明るい声をかけた。
「ねえブルー、ブラックはすごいよ。カラスの王様と友達になったんだって!」

「カラスの王様?」

 タケトが少し恥ずかしそうに肯いた。
「警察病院で暇を持て余していたら、見たこともないほど巨大なカラスが飛んできて、僕の部屋のベランダで翼を休めたんです。あ、これは話せるなと思って話しかけてみたらバッチリでした。カラスって頭いいんですねえ」

「だけど、そんなことしたら知能がカラス並みになっちゃうんだろ? ばれなかったのか?」

 タケトは笑った。
「ようやく僕も能力の使い方が分かってきました。寝ちゃえばいいんです。動物と話した後はすごく眠くなるんです。そのまま寝てしまえば回復も早いみたいです」

 皆が感心しているところに、須賀がよろよろと出てきた。
 その姿に全員が息をのんだ。
 信じられないほど急激にやつれていたのだ。

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コメント

タケトのは、ドリトル先生の超能力ですね。
私も子供の頃、ドリトル先生の超能力が
ほしいと思っていました。

投稿: ドスコイ | 2008年5月15日 (木) 19時20分

上村せんせ。 ご無沙汰してます。
ずいぶん連載が進んでいて、面白いですね。
さくっと読んでしまいましたよ。 

途中からの参加でしたが、十分楽しめました。

投稿: 風の旅人 | 2008年7月18日 (金) 12時53分

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