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62 目覚めぬ眠り

 止めるのも聞かずに外に飛び出した万全とタケトは、雨に打たれたずぶぬれの姿で帰ってきた。

「大声で叫んだのに、姿を見せてくれなかった……」
 しょんぼりと肩を落とす二人に、伊能たちが沈痛な目を向けた。

「希君も相当危険な状態らしい。病室には面会謝絶の札が下がり、医師や看護師がひっきりなしに出入りしているそうだ。中がちらりと見えたそうだが、小さな体から何本ものチューブが出て、機械につなげられているらしい……」

 土岐は黙って立ち上がり、窓際に行くとじっと暗い空を見つめた。
 須賀は、希の影響か、こんこんと眠り続けている。

 ずぶ濡れのまま立ちつくす万全とタケトに伊能が声をかけた。
「二人とも暖かいシャワーでも浴びてこいよ。風邪をひくぞ。万全、お前水から上がった河童みたいだぞ」

 万全は口を尖らせて、伊能に何か言い返そうとしたが、再び肩を落としてシャワー室に向かった。

 静まり返った部屋に、雨音だけがやけに大きく響いていた。


 YUKIの勝ち誇った声が二宮の脳に鳴り響く。
「これで分かったでしょ。あなたはもともと存在していないの。私の妄想なの。私の中に生まれた、取るに足らないような人格」

 二宮はもう何度目になるのか、あの恐ろしい映像が脳裏によみがえるのを見せられた。目をつぶっても見えてしまう恐ろしい映像。

 タケトの喉を自分の手がすっぱりと切り裂いていく。
 恐怖に見開かれたタケトの目。
 あふれ出す真っ赤な血。
 狂ったように笑いが止まらないのは、まさに自分だった。

 二宮は頭を抱えて座り込んだ。
 雨に打たれて蹲る二宮に気がつく人はいない。

 このまま消え去ってしまいたかった。
「分かった。僕は消える。僕は消える。僕は消える……」

 数分後、すっくとYUKIが立ち上がった。
 服装は二宮のままだが、明らかにYUKIだった。

 周りに誰もいないことを確かめて、YUKIは声を上げずに哄笑した。愉快でたまらないといった様子だ。

 アイデンティティの希薄な二宮が、図書館の古文書を読んだ拍子に憑依された生身剥ぎ(ナマハゲ)とかいう化け物も、サラマンダーの馬鹿げた連中に撃退されてから姿を現さなくなった。

 二宮が目覚めることも、もうないだろうと確信できる。
 ついにYUKIは完全な体と人格を手に入れた。

 3日後に迫る史上空前のテロを思うと、YUKIの体はかつてどんな薬物でも、SEXでも得られなかった興奮に震えた。

 雨はひときわ激しくなって、やがてYUKIの姿を覆い隠してしまった。

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コメント

二宮が切なさ過ぎですweep

投稿: リコノコ | 2008年5月30日 (金) 11時21分

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