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61 佇む人

 土岐はずっと窓から外を眺めていた。
 希の容態を確かめに行った男たちの帰りを待っているのだ。

 空は嫌な色の厚い雲に覆われて、今にも雨が降り出しそうだった。

 須賀はまた眠っている。
 タケトと万全はテレビの前でなにやら騒いでいる。
 どうやら万全がブラジャーはずしの技を見せているらしい。
 伊能は煩げに眉をひそめながら、何か考え込んでいた。

 土岐はひっきりなしにタバコに火を付けていた。
 病室で見た、希の青ざめた陶器のような頬が脳裏に浮かぶ。

――あの子を救えるのなら、俺のくだらない人生にも意味ができるかもしれない。
 同じことばかり考えていた。

「土岐さん、まだ雨は降りませんか?」
 伊能がそう言いながら、土岐の隣に来て空を見上げた。

「そろそろだな」
 土岐が言ったとたん、大粒の雨が音を立てて落ち始めた。

「あ、帰ってきた」
 伊能がマンションから少し離れた場所で止まったタクシーを指差した。

 4人の男たちが降りてくるのが見えた。
 用心してマンションの前までは来なかったようだ。
 練習したとおりの歩き方で、4人のオタクがこちらに向かってくる。
 雨など気にしていない様子の、妙に堂々としたオタクだった。

 伊能が苦笑した。
「雨が降るのは想定外でした。雨が降ったら紙袋のポスターが濡れないように、抱きかかえて走ってこなければ……」

 男たちがマンションの中に入るのが見えた。
 伊能は玄関に向かった。

 ふと、土岐の様子がおかしい事に気づいた。
 土岐は食い入るような目で、外を見つめていた。

 そして、いきなり窓を全開にした。
 激しさを増した横殴りの雨が、容赦なく室内に入ってくる。

 土岐は体を乗り出すように、一点を見つめている。
 伊能は土岐の見つめる先に眼をやった。

 マンションの向かい側に立つ1本の電柱の脇に、雨に打たれてぼんやりと人の姿が浮かび上がっていた。
 眼を凝らすと、次第に明確な人の姿になった。

 二宮だった。
 いつからそこに佇んでいたのか、二宮の姿は悲惨なほどやつれきっていた。

「二宮!」
 思わず伊能は叫んだ。

 万全とタケトも窓際に駆け寄ってきた。
 土岐はほとんど落ちそうなほど身を乗り出している。

 伊能が「土岐さん、危ない」といって土岐のベルトに手をかけた。
 土岐は二宮の感情の匂いを嗅ごうとしていた。

 二宮の目が土岐の眼をしっかりと捉えた。
 二宮の目はあふれる涙で一杯だった。
 青ざめた唇が震えながら、何かをつぶやいたように見えた。

 伊能がもう一度、二宮の名を呼ぼうとしたとき、そこにはすでに二宮の姿はなかった。
「土岐さん、二宮はなんて言ったんだろう?」

 土岐はひどく悲しそうな顔をしていた。
「ごめんなさいって言ったんだ。あいつは心の全部でごめんなさいと謝っていたよ」

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コメント

二宮の再登場は、
どんな展開になるのでしょうか?
私には全然、想像できません。

投稿: ドスコイ | 2008年5月24日 (土) 08時09分

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