58 魂の消滅
「希君が応答しなくなりました……わしの中にいることは感じるのじゃが、さっきから何度呼びかけても返事がないんじゃ……」
須賀はぐったりとソファーに腰掛けて、頭を抱え込んだ。
土岐が煙草をくわえたまま、落ち着きなく皆の間を歩き回り始めた。
「俺たちの異能力(ちから)を増幅させるために、あの子は相当無理してたんだ……ちきしょう! どうして、そのことに気付かなかったんだろう……」
土岐は顔を歪めてそう呟き、壁を思い切り殴った。
大きな音がして、土岐の握りしめた拳から血が滴り落ちた。
誰かに向かって言ったことではなく、自分自身を責めていることは明らかだった。
「須賀さん。この前、希君がネットの中で、何者かに自分の一部を取られてしまったことがありましたよね。そのとき希君は自分が{減っちゃった}と言ってました。同じように今回も、希君の存在そのものが減少というか、摩耗してしまった感じなんですか?」
伊能の質問に、須賀は顔をあげた。
そして心臓の鼓動を確かめるように、胸のあたりに手を置いて、じっと考え込んだ。まるで希がそこにいるかのような仕草だった。
「希君がわしの中にいるとき、確かな存在をしっかりと感じます。今もここにいます。ただ、存在感が小さくなっているというか、希薄になったような気がします」
まだ傷が痛むのか、タケトが首の包帯に手をやりながら声を出した。
「あの、希君って霊魂とか意識体みたいなものですよね。身体は別な場所で眠っていて、心だけが遊離して戻れなくなった。もし、心がボロボロになって、消えちゃうようなことになったら……身体はどうなるんでしょうか?」
土岐がぎょっとした顔になった。
「そうだ! 病院に行って希君の容態を確認しなきゃ! 俺、ちょっと行ってくる!」
すぐに飛び出していきそうな土岐を、須賀が呼び止めた。
「土岐さん、お待ちなさい。病院ではイラン人たちの襲撃事件の余波がまだ続いております。警備も厳しいはずじゃ。今や、わしらは警察から追われる身。そんなところにノコノコと出向いたら、まさに飛んで火に入る夏の虫でしょう」
「でも俺は顔写真も出てないし……」
土岐が不満そうに言った。
「あ、僕が行きます! 僕はニュースにも出てないし!」
タケトが元気よく手を挙げた。
須賀が呆れたような苦笑を浮かべた。
「あなたは警察病院から脱走の身でしょう! ここはわしの部下に任せてください。絶対にヤクザ者だと分らないように変装させて様子を見に行かせます」
須賀が2回手をたたくと、どこで待機していたのか、数秒で4人の男が須賀の前に整列した。
全員が、きちんとスーツを着ている。
しかも昨日まで彼らが着ていた、ヤクザ仕様の高級品ではなく、普通のビジネススーツのようだ。
ところが不思議なことに、ヤクザ以外の何者にも見えない。
伊能はなぜだろうと思ってよく観察してみた。
まず顔、特に目つきが違う。
鋭いとか怖いとかだけではない。目の配り方が独特なのだ。
歩き方、コーヒーの飲み方、椅子の座り方、笑い方、新聞の読み方、身ごなしのすべてが違う。
純度100%のヤクザだということだ。
須賀がそれを見て溜息をついた。
「お前たちは、それで堅気に見えると思っているのか? どこで揃えた服を着ているんだ?」
男たちは不安そうにお互いを見ている。
リーダー格らしい男が、おずおずと話し始めた。
「あの、サラリーマンがスーツを買う量販店に行きました。開店前の店を脅かして開けさせまして、とにかく一番普通のサラリーマンっぽいのを揃えさせました。ネクタイやシャツ、靴まで全部揃えたんですが……ダメですか?」
須賀が助けを求めるように伊能たちを見た。
「うちの本部は、夜明けと同時にガサ入れがありました。100人以上もフル装備の警官が来たそうじゃ。機動隊かと思ったらしい。新宿界隈ではヤクザ風の男は片っぱしからぶち込まれているそうじゃ。わしも完全に身を隠すために、身の回りの世話をする者がヤクザ丸出しじゃ困る。そこで、こいつらに堅気に変装しろと言ったのじゃが……」
4人の屈強な男たちが、肩をすぼめて立っていた。
同情して見ていた伊能の頭に、ひとつのアイデアがひらめいた。
「須賀さん、いい方法がある」
ほうと須賀が顔を向けてきた。
男たちもすがるような眼で伊能を見た。
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コメント
ヤクザは目付き、身のごなしが確かに違います。
一目で分かります。
しかし、希君が心配ですね。
投稿 ドスコイ | 2008年5月16日 (金) 08時03分