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60 伊能の脱ヤクザ講座(2)

 物凄い形相で、須賀が部屋から飛び出してきた。
「わしの刀はどこじゃ? 曲者を成敗してくれる!」

「お、親っさん! 自分です! よく見てください!」

 そう叫びながら、狼狽して追ってくる男を、須賀は訝しげな目でじっと見つめた。

 頭に手ぬぐいみたいなものを巻いている(後でバンダナというものだと教えられた)。
 擦り切れたようなジーンズ。
 アニメが印刷されたシャツ。
 背中には大きな横長のリュックを背負い、腰にもポーチが付いていた。
 両手にぶら下げている紙袋には美少女アニメのキャラクターがでかでかと印刷してあり、丸めたポスターが何本も突き出していた。
 不恰好なメガネの奥の目は、須賀を必死で見つめていた。

 その目を見て、ようやく須賀は曲者の正体がわかった。
「なんと! お前か!」

 男はほっとした表情で何度も肯いた。
 須賀は後ろを振り返った。
 満足げな表情の伊能と、笑いを必死でこらえているタケトがいた。
 その背後にいる見慣れぬ三人の男たちも須賀の部下のようだ。

「これは伊能さん! こやつら、まったくヤクザ者には見えませんぞ。素晴らしい変装じゃ! ところで、これは何に変装したのかの?」

「オタクですよ。外見から一目でわかるところは、ヤクザと同じです。ただし他人に与える影響は正反対です。ヤクザに対しては恐怖心を抱いて、警戒し注意をはらう。オタクだと分かれば、安心して無警戒になります。特に千代田区にはオタクの聖地・秋葉原もありますから、オタクを見慣れていますしね」

「なるほど……これがオタクという者ですか。なんか貧乏そうな感じじゃのう。これなら警官に見られても、職務質問とか受けなくてすみますな。よし! お前たち、早速希君の病院に行って、現在の希君の容態を調べてくるのじゃ」

 大きな返事をして、飛び出して行こうとする男たちを伊能が呼び止めた。
「ちょっと待って下さい。確かに見た目だけはヤクザに見えなくなりました。しかし動作や言葉遣いに気をつけないと、違和感を与えてかえって注目される可能性もあります」

「なるほど。どうしたら良いですかのう?」

「紙袋を持つことで、腕の動きは押さえられます。まず歩き方ですが、少し前かがみの姿勢で、小股でちょこちょこ歩いてみてくれますか?」

 4人の男たちが歩き始めた。
 ぎくしゃくして、不自然な感じだ。

 伊能が個別の指導を始めた。
「あなたはもう少しゆっくりと歩いてください。なるべく内股気味にしたほうがいいです」

「あなたは肩から前に出るような歩き方ですね。少し伏目がちにして、前のめりにとっとっとと、小刻みな感じで歩いてみてください」

「動作はなるべく小さく。姿勢は背中を丸めるような感じで。常に視線は下向き。会話するときには、相手の顔を見ないで、つぶやくような喋り方をしてください。そうすれば周りにも聞こえませんしね」

 男たちは1時間くらい伊能の指導のもと、オタクになりきるための特訓をした。

 そして、まったくヤクザとは思えない男が4人誕生した。

 男たちが病院へ出かけた後、須賀がポツリとつぶやいた。
「あやつら、元に戻れるんじゃろうか? すっかり気持ちの悪いモノになりきってしまったが……」

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コメント

初コメントです。

 紳士服の安いお店でサラリーマンに?と思っていたら、なんとヤクザがオタクに(笑)

 意外な展開に笑いました(笑)

投稿: リコノコ | 2008年5月21日 (水) 09時51分

なるほどと感心しました。
オタクは確かに、目立ちますが
無視されますね。
斬新な発想に驚きました。

投稿: ドスコイ | 2008年5月24日 (土) 08時06分

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