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64 末期(まつご)の願い

 テロを翌日に控えて、三上は満足げに自宅の庭を散策していた。

 須賀の殺害に失敗するなど、小さなミスはあったが、それも結果としては警察権力が、奴等の動きを封じる結果になってくれた。

 実行部隊のリーダー役のYUKIも失敗に恥じる風もなく、ひたすらにテロの確実な成功に向かって集中していた。

 つい先ほど、YUKIに細菌兵器と指示書を渡した。
 三上は須賀のことには一切触れず、全ての報酬をすでに振り込んだことと、短い感謝の言葉を呟くようにいった。

 全額が前金で貰えたことに、YUKIは驚いたが、受け取った大きなボストンバッグの軽さにも驚いた。

 バッグの中身は、テロに使われる細菌兵器が20個。

 全て、床に置くタイプの噴霧式殺虫剤を、三上が手作りで改造したものだ。高さ15センチ、太さが直径15センチほどなので、ずんぐりした小さな銀色の缶だ。

 トップに赤い小さな突起があり、それを押すと30分後に噴霧が開始される。

 自動販売機の横とかに置いても誰も気にしないだろうし、ちょっと雑草でも生えていれば、容易に姿を隠すこともできる。

 あまりの軽さに何も入ってないように思えるほどだが、中には1グラム当たり五千億個の炭疽菌が詰められている。

 伝染性こそ付与できなかったが、発症スピード、致死スピード、100パーセント近い致死率を達成した。

 三上は文字通り自分の全てであるこの小さな菌に{GOD BLESS 神の祝福}と名づけた。
 明日、神の息吹が本物の地獄を出現させるだろう。

 ――私がやることは、あと一つ――
 母屋へ向かおうとしたとき、あるものが目に飛び込んできた。

 最初に見えたのは小さなシーソーだった。
 木立の隙間から、それは見えた。

 三上は邪魔な木の枝をかいくぐりながら、そっちに向かった。
 ようやくその場所にたどり着いた。

 三上は立ち尽くしたまま、目の前に広がる光景を見つめていた。
 遠い昔、この場所は三上のもっとも大切な場所だった。

 もう何十年も来ていなかったが、ここにある全てのものが、自分を待っていてくれたのだと感じた。

 新品でピカピカ黄色に輝いていたシーソーは、今ではペンキも剥げ落ち、木も腐っていたが、それでも三上に「乗ってごらん、きっと楽しいよ」と語りかけてくる。

 ブランコも滑り台も、サッカーの練習に使ったネットも、ボロボロになっていたが、ちゃんとそこにあった。

 ここは祖父の聖一郎が、三上のために作った公園なのだ。

 両親も無く、友達もいないらしい三上のために、聖一郎が独力で作った公園だった。

 肉体労働の経験の無い聖一郎にとって、木の伐採から始まる作業はつらかった筈だが、使用人たちが手伝おうとしても決して許さなかった。

 いつも背広姿のお爺ちゃんが、たまの休みにはランニングシャツ一丁になって、ふうふう言いながら泥だらけで笑っていたのを思い出す。

 だが、いつまでも完成しないので、三上も関心を失っていった。

 確か5歳のクリスマスのことだ。

 普段より一段と慌しく働いて、三上の相手もしてくれない祖父に腹を立てて、三上は一人で絵を描いていた。

 外は薄暗くなってきた。
 ケーキとか買ったのかな、と心配になったころ「聖! 聖! ちょっと来てみろ!」と祖父の大声が玄関から聞こえてきた。

 走っていくと、泥だらけの祖父が、見たことも無いような笑顔で笑っていた。

「さあ来い! さあ、早く早く!」
 手を引っ張られるように、三上も走った。

 祖父の手が妙にごつごつして傷だらけだった。

 夢かと思った。
 あるいは魔法か何かだと思った。

 小さな三上にとって密林みたいだった木立のなかに、まん丸の小さな公園が出来上がっていた。

 ブランコもシーソーもジャングルジムも見たことが無いくらいピカピカ光っていた。

 小さな砂場と池まであって赤い魚が何匹も泳いでいた。

 可愛らしい絵の描いてある小さなベンチに、祖父は腰を下ろした。
「どうだ? お爺ちゃんのクリスマスプレゼントだ。お前だけの公園だぞ」

 三上は目を丸くした。
「僕だけの? 本当に僕だけの? じゃ、僕がここの王様?」

 祖父は聖の冷え切った両頬を優しく挟んで肯いた。
「そうだ、お前が王様だ。お前が許してくれなきゃお爺ちゃんだって勝手にブランコにのったりできない」

 もう相当暗くなっていたが、さっきからむずむずしてくる衝動を抑えきれなくなった。
「じゃ、お爺ちゃん、遊んでみていい? いいでしょ?」

「もちろん、いいさ。お前が王様だ。好きに遊びなさい」

 もう夢中で遊んだ。
 意味も無く笑えてしょうがなかった。

 いつしか真っ暗になって、空からチラチラと雪が降り始めて、祖父は三上に声をかけた。
「王様! ご飯の時間だよ。さあ、帰ろう!」

 三上は滑り台のてっぺんで、ちょっとべそをかいた。
「これ、明日もある? 消えない?」

 祖父は豪快に笑った。
「この公園はずーっとお前のものなんだから、安心しなさい」

 そして、いつもの言葉を言った。
「お前は何も心配することはないんだよ」


 あのとき祖父が座っていたベンチは子供用の小さなものだった。
 だいぶ朽ち果てていたが、なんとか腰を下ろすことができた。

 無性にタバコが吸いたくなったが、持ってきていなかった。
 そこらの木の陰から、祖父が出てきそうな気がした。

 三上は何かを振り払うように、激しく何度も頭を振った。
 落ちている木の葉を拾ってしげしげと眺めた。
 小石を蹴った。

 とにかく、自分が泣いていることだけは認めたくなかったのだ。

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コメント

三上の世の中に対する恨みが、
再認識させられました。
三上のとって、最高の祖父でしたね。

投稿: ドスコイ | 2008年6月 5日 (木) 05時30分

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