67 百万羽のカラスと千人のオタク
希からテロ計画の全貌を知らされた後、しばらくだれも発言できなかった。
「バイオテロってやつか……」
伊能が呻くようにつぶやいた。
「これは……俺たちじゃどうしようもない」
土岐がそう言いながら時計をちらりと見て、先を続けた。
「おおよその場所が分かったとはいえ、明日の午前十時に千代田区内20か所で一斉に生物兵器の拡散が始まる。しかもそれが小さな銀色の缶だ。今が午後3時、たった19時間後だ。警察や自衛隊に動いてもらうしかないだろう?」
伊能が首を振った。
「それは二つの理由で出来ません。まず、この話をどうやっても、国家権力に信じさせることができないということです。情報の入手経路一つとっても、希君の存在をどう説明します? ましてや俺たちは立派なお尋ね者です。もう一つは、こちらがより重要ですが、なんとか信じさせて国家権力を動かせたとします。テロリストたちは警戒態勢を見れば、動かないでしょう。そしてまったく俺たちの予想もつかない時、予想もつかない場所でテロを決行する。20個の生物兵器をすべて回収するチャンスは明日しかない。しかも俺たちだけで、むしろ警察は邪魔になるだけの敵と考えたほうがいい」
「しかし……どうやって……」
土岐と万全が同時に言った。
伊能も腕を組んで黙り込んだ。
重い空気の中、須賀の部下がコーヒーを運んできた。相変わらずオタクの格好のままである。
コーヒーを受け取りながら、伊能がはっとした顔になった。
「須賀さん! この前須賀さんが招集した、潜行しているという千人の組員はどうなっています?」
須賀が怪訝な顔つきで答えた。
「まだそのままじゃ。わしの組への警戒が強くて、動くに動けんのじゃ」
「よし! それではその方々を戦力にしましよう」
「いや、しかし奴らが動けばすぐに逮捕される……」
伊能がコーヒーを配る須賀の部下を指差した。
「その人たち全員にオタクになってもらいましょう。この前オタクに扮した4人の方にも指南役をつとめてもらいます。あまり同じ恰好ばかりじゃおかしいので、万全にバリエーションを考えさせましょう」
「え? ぼ、僕が? できるかなあ……」
「お前が普段する格好を教えてやればいいんだ」
「あ、そうか」
照れ笑いを浮かべる万全をよそに、須賀は早速部下に指示を与え始めた。
「今夜中には全員準備させます。明日はどう動かせば良いのでしょう?」
血色のよくなった須賀に伊能は力強くうなずいた。そして土岐のほうを見て言った。
「土岐さん、俺はこのところ妙に能力が強くなっているのを感じているんですが、土岐さんはどうです?」
「確かに、俺もそう思っていた。以前は近くの人間の匂いしか感じられなかったのが、今は相当広い範囲、おそらく半径100メートル以内の異臭なら嗅げると思う」
「俺と土岐さんの能力をフルに発揮して、テロリストの位置を特定する。ある程度生物兵器が置かれる場所は分かっていますから、あらかじめその周辺に配置した須賀さんの部下に回収してもらう」
土岐が険しい顔になった。
「生物兵器のスイッチが入れられるのが午前十時。噴霧開始がその30分後……僅か30分足らずの時間で全部を発見できるか? どう考えても無理だと思うぞ」
「あ!」
それまで黙りこんで膝を抱えていたタケトが突然大声を出した。
「カラス!」
皆気味の悪そうな顔つきでタケトを見た。
タケトは一人興奮して話し始めた。
「僕、この前警察病院でカラスの王様と友達になったんです」
「ああ! 言ってたね!」
万全がうれしそうに言った。
伊能は疑い深げに「それで?」と訊いた。
「そのときに王様が言ってたんです。もし助けてほしいことがあったら、100万枚の光るコインと100万個の光る玉を持ってこいって」
伊能はますます渋い顔になった。
しかしタケトは気にする様子もない。ますますニコニコとして言った。
「これは説明するよりも、実際に見てもらったほうがいいですね」
タケトはパソコンに向かって何か操作を始めた。
しばらくするとプリンターが動き出し、1枚の紙を吐き出した。
「なにそれ?」
万全が興味しんしんで覗き込んだ。
「千代田区の航空写真です。じゃ皆さん、屋上に行きましょう!」
訳のわからないまま、タケトの勢いに押されて全員が屋上に上がった。
「おい、何をする気だ?」
たまりかねて伊能がきいた。
「今からカラスの王様を呼びます」
「だ、だってお前100万枚の何んとかはどうすんだ?」
タケトはズボンのポケットから数十枚のパチスロのメダルと一つかみのパチンコ玉を取り出して見せた。
「なるほど、しかし数が全然足りないぞ」
タケトは悪戯っぽく笑った。
「何かで読んだんですけど、カラスって3までしか数えられないんですって。きっと大丈夫ですよ」
「そ、そんな無茶をして王様が怒ったらどうすんの? 僕、突かれるのは嫌だなあ」
タケトは万全の震え声など聞こえなかったように、空を見上げながら言った。
「皆で繋がると能力が強くなるし、同じことを体感できるんですよね? じゃあ、手を繋ぎましょう」
須賀、伊能、土岐、万全、タケトの5人が手を繋いだ。
タケトにならって全員が空を見上げた。
一羽のカラスが見えた。
タケトが鳴いた。
カラスそのものの声で。
しばらくしてそれに呼応するかのようにカラスの鳴き声がきこえた。
何も起こらない。
万全はそっとタケトの顔をのぞき見た。
タケトの目が鳥のように表情のない真っ黒な目になっていた。
あわてて目をそらす。
日の落ちていく方向の空に、ポツリと黒い点が現れた。
その点は一直線に悠然と、しかし物凄いスピードで向かってきた。
見る見るうちに影は大きくなる。
「わ、鷲だ……」
万全が怯えた声をあげる。
伊能は羽ばたきの風を頬に感じた。
目の前に見たこともないほど巨大なカラスが舞い降りていた。
翼のさしわたしが1メートルはゆうに超えるように見える。
太く巨大な嘴、威圧的な鋭い眼。
まさにカラスの王の風格だ。
タケトが鳴いた。
「王様にお願いがあります」
皆にはそう聞こえた。
カラスは首を傾げるようなしぐさをした。
そして首をのばして、タケトを訝しげな眼で睨んだ。
伊能たちのことは眼中にないといった風に見える。
カラスの嘴がわずかに開いた。
「お前か。百万枚の光るコインと百万個の光る球は用意したのか?」
「はい、ここに」
タケトはカラスの前にパチスロのコインとパチンコ玉をありったけ置いた。
ギョロリとカラスの目玉が皆を睨んだ。
万全は思わず目を伏せた。
完全に位負けしていた。
カラスはのしのしと置かれた物の周りを歩いた。
そして一つ、二つといった風に嘴でつつき始めた。
5個まで数えたところで、ふいに顔をあげて凶悪な目でタケトを睨んだ。
鋭い嘴を大きく開いた。
「確かに! 百万枚の光るコインと百万個の光る玉受け取った! 私への願いは何だ?」
タケトは航空地図をカラスの前に広げた。
「ここが僕と王様が初めて会った病院です。分かりますか?」
カラスは首を伸ばして地図を覗き込んだ。
「もちろんだ」
「明日一日、この地図の範囲内で、このコインと同じ色の缶を置き去るものを見つけて欲しいんです。見つけたらその場所で鳴き続けてください。王様の全ての家来にお願いしたい」
「そんなことか。分かった。簡単なことだ」
伊能がタケトに囁いた。
「いったい何羽位家来がいるのか聞いてくれ」
タケトが訊ねると、飛び立とうとしていたカラスの王様が答えた。
「百万羽だ」
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コメント
カラスの王様は、かっこいいなあ。
これからの展開が楽しみです。
投稿: ドスコイ | 2008年6月13日 (金) 20時16分
カラスの王様かっこいいっ
微妙な異能力が、各々の工夫や努力で噛み合い始めてて…
この先どうなるか気になります~
投稿: リコノコ | 2008年6月15日 (日) 22時54分