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73 そして死が、宙に舞った

 YUKIはGB缶(生物兵器)を取り出した。
 スイッチを入れて足元に置く。

 散布が始まる直前に、思いきり蹴とばして下に落とすつもりだった。その方が広く散布できるだろう。

 YUKIは突然背後に強烈な視線を感じた。

 小型の拳銃を握り締めて、素早く振り向く。
 誰もいなかった。大きなカラスが1羽いただけだ。

 YUKIは苦笑しながら拳銃をしまった。

 感覚の鋭いYUKIには珍しいことだった。
 人間の視線とカラスの視線を間違えるとは……。

 YUKIが視線を外しても、カラスは黒ダイヤのような眼で、じっとYUKIを見ている。
 気のせいだろうが意志的なものを感じて、少し気味が悪かった。

 細身の煙草を1本口にくわえた。
 そしてさりげなく横目でカラスを観察した。
 相変わらずYUKIから目を離さない。

 ――それにしても大きなカラスね。こんな大きいカラスは初めて見たわ。目つきも獰猛だし、ちょっと怖いわね……。

 突然カラスが動き出した。
 飛び立つのではなく、のっしのっしという感じでYUKIの方へ歩いてくる。

「しっ! しっ!」
 手で威嚇するようにしたが、気にする気配もない。

 なぜかYUKIを睨みつけたまま、時折背中を膨らませながら、のっしのっしと歩いてくる。

 実はYUKIは鳥類が苦手だ。鳩でも嫌なのに、こんな化け物カラスには恐怖を感じてしまう。

 思わず一歩二歩と後ずさりしていた。
 内側にいた二宮はこの機会を逃さなかった。

 一気にYUKIと交代を図った。
 人格交代の瞬間、YUKIの顔が驚きに一瞬歪んだ。
「おのれ! 二宮かああ!」

 YUKIが言葉を発し終える前に、二宮が表に出ることに成功した。当然YUKIは二宮の意識の底に落ちていく。

 二宮は屋上の端に行った。
 周りの景色、今いるビルの入口を見て自分がどこにいるのか分かった。

 YUKIの携帯を取り出して伊能に電話した。
 伊能は二宮の声を聞いてひどく驚いているようだった。

 しかし、嫌悪している感じがなかったので、二宮は涙が出るほど嬉しかった。
 話したいことはいくらでもあるのだが、時間がなかった。

「伊能さん、二宮です。色々とごめんなさい」

「二宮、そのことは今度話そう。きっと医者がお前の力になってくれるはずだから。それより今は時間がない。今自分が何処にいるかわかるか?」

「はい、ここは霞が関の警視庁ビルの屋上みたいです」

「周りに小さな銀色の缶が見当たらないか?」

 二宮は屋上を見渡した。
 ぎょっとするほど大きなカラスが1羽いて、そのすぐそばに銀色の缶があった。

「ありました!」

「二宮よく聞いてくれ。そして急いで行動してくれ。時間はあと3分しかない。その缶の上に赤いスイッチがある。おそらく今は押し込まれている状態だ。それを指でつまんで引き出してくれ。それが終わったらそれを持って警視庁から出てきてくれ。こちらは入っていけないからな」

「分りました。いますぐやってみます。電話はこのままでいいですか?」

「ああ、分らないことがあったらすぐ聞いてくれ」

 伊能の後ろから懐かしい万全の声が聞こえてくる。
「二宮君なら僕も話したいなあ、タケトだって話したいよね」

 まるで親が子供を叱るような口調の土岐の声も聞こえて来た。
「いいかげんにしろ! 今は時間がない。話なんかあと、あと!」

 ほんの数日会っていないだけなのに、それらの声はひどく懐かしかった。ひどく温かかった。そして遠かった。

 伊能は電話からしばらく二宮の声が聞こえないのが気になった。
「どうだ? 二宮うまくいってるか?」

 聞こえてきたのは、ぞっとするような笑い声だった。
 その嘲るような笑い方に覚えがあった。

「YUKIか?」

「おひさしぶりねえ、伊能さん。二宮君はもう二度と現れないでしょう。私の隙をついたけど、あなた達のことを思い出して涙ぐんでいる間に、簡単に取り戻すことができたわ」

 伊能は話しながら、懸命に警視庁本庁舎ビルの屋上の映像を探していた。
 軍事衛星の精密映像にそれを見つけ、急いで拡大し焦点を合わせていく。やがて携帯電話で話しているYUKIの姿を見ることができた。

「そろそろ散布の時間ね。わくわくするわね」

 YUKIの足もとに銀色の缶があった。

 YUKIが足を大きく振りだすのを見て、伊能は大声で叫んだ。
「やめろ! それだけはやめろ!」

 YUKIに蹴られた缶は屋上のフェンスを高く越え、大勢の人間が出入りしている玄関前に向かって落下を始めた。

「あの高さじゃ、落ちたら缶が破裂するぞ!」
 土岐が珍しく顔を歪めて叫んだ。

 YUKIが狂ったように笑っていた。

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コメント

怖いですね。
一難さって、又一難です。
続きが早く読みたい。

投稿: ドスコイ | 2008年7月 4日 (金) 19時56分

だめだ結末が気になって仕事かできない

投稿: ジョーカー | 2008年7月 5日 (土) 08時48分

続きが気になりまくりますっっ
(>н<)

投稿: リコノコ | 2008年7月 5日 (土) 10時06分

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